十七歳に「若草物語」つづいて、「グッド・ワイブス」「リツル・メン」など大作を世に送りました。「若草物語」を公にしてからの女史は、物質的にもめぐまれ、父の負債をかえし、母を安楽にさせ、妹のメイには絵の修行をさせてやり、自分もあこがれのヨーロッパ旅行をして、イタリイに滞在しました。
けれど、母がなくなってから、女史の肩にまた重荷がかかってきました。妹のメイは結婚後しばらくして死に、残されたあかんぼを引きとらなければなりませんでした。女史はいよいよはたらきました。女史の知人は同情して補助をしようとしましたが、女史は補助を受けるのがいやで、困難のなかにも忍耐して努力しました。そうして、女史は千八百八十八年三月六日、五十五歳で、父の死後わずか二日、最愛の父の後を追って、ボストン市で永遠の旅路にのぼりました。女史の一生は、愛と誠をもってする努力精進の一生でありました。
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第一 巡礼あそび
「プレゼントのないクリスマスなんか、クリスマスじゃないわ。」と、ジョウは、敷物の上にねそべって不平そうにいいました。
「貧乏ってほんとにいやねえ。」と、メグはじぶんの着古し
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