「二十五銭でたりますわ。あまったぶんで、おねえさんにも、ごちそうできますわ、ライムお好き?」
「あまり好きじゃないわ。あたしのぶんもあげます。では、お金、できるだけ長く使うのよ、ねえさんだって、もうそんなにないんですから。」
「ありがとう。お小遣のあるの、いい気持ねえ、みんなにごちそうしてあげるわ、わたしこの週は、まだ一度もライム食べないわ。ほんとは食べたいけど、お返しできないのに、一つでもいただくの気がひけるわ。」
 つぎの日、エミイはいつもよりすこし[#「すこし」は底本では「すこ」]おそく学校へ行きました。けれど、しめった、とび色の紙づつみを机のおくにしまう前に、みんなに見せびらかしてしまいました。すると、それから五分とたたぬうちに、エミイが二十四のおいしいライム(エミイはその一つを学校へ来る途中で食べました。)をもっていて、それを大ぶるまいするといううわさが、たちまち仲間につたわり、お友だちの、エミイへのおせじは、ものすごいものとなりました。ケティはつぎの宴会によぶといいましたし、キングスレイは、つぎのお休み時間まで、時計を貸してあげるといいましたし、ライムをもっていないといって、エミイをあざけったことのあるスノーという、いじわるの子もたちまち好意をよせて、エミイの得意でない算数を教えてやるといいました。けれど、エミイは、スノーのいったわる口を忘れてはいけませんでした。それで、きゅうにそんな親切はむだよ、あなたにあげないという、電報を発して、スノーの希望をぺしゃんこにしてしまいました。
 ところが、ちょうどその日、ある名士が学校へ参観に来ました。そして、エミイのかいた地図がおほめにあずかりました。その名誉にエミイは得意になり、スノーははげしい苦しみを味わいました。そこで、名士が教室から出ていくと、重要な質問でもするようなふうをして、デビス先生のそばへいき、エミイがライムを机のなかにかくしていることを告げました。
 デビス先生は、きびしい先生で、チュウインガムのはやったときも、とうとうやめさせてしまいましたし、小説や新聞をもって来ると、とりあげてしまいました。生徒が手紙をやりとりすることもよさせました。ですから、ライムがはやりだすと、ライムをもって来てはいけない、もしもって来た者を見つけたらむちでうつと、おごそかにいわたしたのです。それは、つい一週間ほど前のことでした。
 それに、この日、先生はたしかにきげんがわるかったのです。それで、スノーの告げたライムという言葉は、まるで火薬に火をもっていったようなものでした。
「みなさん、しずかに! エミイ・マーチ、机のなかのライムをもってここへ来なさい!」
 となりにいた生徒が、ささやきました。
「みんなもっていくことないわ。」
 そこで、エミイはす早く半ダースほどを、つつみからふり落して、先生のところへもっていきました。先生は、このライムのにおいが大きらいでしたから、顔をしかめて、
「これで、みんなですか?」
「いいえ。」と、エミイは口ごもりました。
「のこりをもって来なさい。」
 エミイは、じぶんの席へ帰り、いわれたとおりにしました。
「たしかに、もうのこっていませんか?」
「うそ、いいません。」
「よろしい、それでは、このきたならしいものを、二つずつもっていって、窓からすててしまいなさい。」
 このはずかしめに、顔をあかくして、エミイは六度も窓へ往復しました。ライムがすてられると、窓の下の往来から子供たちのよろこびの声が起りました。みんなは、その声を聞いて、ライムをおしみ、無情な先生をにくみました。エミイが、すっかりライムをすててしまうと、えへんと、せきばらいをして、きびしい顔つきでいいました。
「みなさんは、一週間ほど前に[#「前に」は底本では「前た」]、わたしがいい聞かせたことをおぼえているはずです。ところがこうしたことが起って、まことにざんねんです。わたしはじぶんのつくった規則をまもります。さ、マーチ、手を出しなさい。」
 エミイは、びっくりして、りょう手をうしろへまわし、かなしそうな、許しを乞うような目をしました。エミイは、先生のお気にいっていた生徒の一人でしたし、その嘆願の目つきは言葉よりもつよく、先生の心を動かしたようでしたが、だれかが[#「だれかが」は底本では「だれかがだ」]、ちぇっ! [#空白は底本では欠落]と、舌うちする音がしたので、かんしゃくもちの先生は、エミイを許すことなんか、考えようともせず、
「手を出して、さあ!」と、宣告[#「宣告」は底本では「宜告」]をしてしまいました。
 エミイは、自尊心のつよい子でしたから、泣いたりあやまったりするようなことはなく、頭をもたげひるむことなく、その手がはげしく五六度うたれるままに、まかしていました。けれど、人
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