ス。」
「ねえ、ベス、あなた、じまんしてもいいわ! ローリイが話しだけど、おじいさん[#「おじいさん」は底本では「おじいささん」]は、亡くなったお孫さんがすきで、そのお孫さんのものはちゃんとしまっておおきになるんですって。そのピアノを、あなたに下すったのよ。大きな青い目をして、音楽が好きなためよ。」
 ジョウは、そういって、今までに見たことがないほど、たかぶって、ふるえているベスを、おちつけようとしました。すると、メグも、
「ごらんなさい。このローソク立て、まんなかに金のばらのあるみどり色の絹のおおい、きれいな楽譜かけに、腰かけと、みんなそろってるわ。」と、楽器を開けて、そのきれいなものを見せながらいいました。
 そのとき、
「さあ、ひいてごらんなさいまし、かわいいピアノの音を聞かして下さい。」と、家族のよろこびにもかなしみにも、いつでも仲間入りする女中のハンナがいいました。
 そこで、ベスがひきました。みんなは口をそろえて、こんないい音は聞いたことがないといいました。それは、あたらしく調律されて、調子がととのっていました。ああ、なんというすばらしい音色だったでしょう。
「おじいさんとこへいって、お礼をいわなくちゃいけないわ。」と、ジョウが、じょうだんのつもりでいいました。むろん、はにかみ屋のベスが、ほんとにいくとは[#「とは」は底本では「とほ」]思わなかったからですが、ベスは、
「ええ、いくわ、今すぐ」と、いって、庭におり、生垣をくぐり、ローレンス邸の扉を開けてはいっていきました。これには、みんなは、あきれてしまいましたが、ベスがそれからどうしたかを知れば、もっとおどろいたにちがいありません。というのは、ベスは書斎の扉をたたき、おはいりという声を聞くと、はいっていき、おどろくローレンスさんのそばへ立ち、手をさし出しながら、
「あたし、お礼を申しに来ました。」と、いいましたが、やさしい老人の目につきあたって、もうあとの言葉が出なくなり、いきなり、老人の首にだきついて、じぶんの唇をあてました。
 老人は、たとい、屋根がふいにふきとばされても、もっとおどろきはしないでしょう。老人は、すっかりおどろきましたが、それがうれしく、そのかわいい唇づけで、いつものふきげんは消えうせてしまいました。老人は、ベスをじぶんのひざの上にのせて、そのしわだらけのほおを、ベスのばら色のほおにすりよせ、まるでじぶんのかわいい孫娘が、生きかえって来たような気持になりました。ベスは、[#「、」は底本では「。」]そのときから、もう老人をこわがらなくなりました。そして、まるで生れたときから、ずっと知っている人に話すように、やすらかな気持で話しました。なぜなら、愛はおそれをおいのけ、感謝は誇りをおしつぶすからです、ベスが家へ帰るとき、老人は門まで送り、あたたかい握手をしてくれました。そして、いかにもりっぱな軍人らしく帽子に手をかけて、敬礼をし、堂々とひきかえしていきました。
 姉妹たちは、そのありさまを見て、おどろくとともに、うれしくてたまりません。ジョウは、じぶんの満足をあらわすために、おどりあがってダンスをはじめ、エミイはびっくりして、窓からころげおちそうになり、メグは手をあげて叫びました。
「まあ、この世の中は、とうとうおしまいが来たようね!」

          第七 はずかしめの谷

 ある日、ローリイが馬にのって、家の前をむちをふって通りすぎるのを見て、エミイがいいました。
「ローリイさんが、あの馬につかうお金のうち、ほんのすこしでもほしいわ。」
 メグが、なぜお金がいるのか尋ねますと、
「だって、わたしたくさんお金がいるの、借りがあるんですもの、お小遣は、あと一月もしないともらえないし。」
「借りがあるって? なんのこと?」
 メグは、まじめな顔になりました。
「塩漬のライム、すくなくっても、一ダースは借りがあるの。それに、おかあさんは、お店からつけ[#「つけ」に傍点]でもって来るのいけないとおっしゃるし。」
「すっかり話してごらんなさいよ。」
「今ライムがはやっているの?」
「ええ、みんなライム買うわ。メグさんだって、けちだと思われたくなかったら、きっと買うわ。そして、みんな教室で机のなかにかくしておいてしゃぶるの。お休み時間には、鉛筆だの、ガラス玉だの、[#「、」は底本では「。」]紙人形やなにかと、とりかえっこするの。また、好きな子にはあげるし、きらいな人の前では見せびらかして食べるの。みんなかわりばんこにごちそうするの、あたしも、たびたびごちそうになったわ。それをまだお返ししてないの、どうしてもお返ししなければねえ、だってお返ししなければ顔がつぶれてしまうわ。」
「お返しするのに、どのくらいいるの?」
 メグは、財布をとり出しながら尋ねました
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