くと、ペンをなげ出していいました。
「さあ、できあがった、これでだめなら、もっとよく書けるまで待たなくてはならない。」
ソファにころりとあおむきになり、ジョウは念入りに原稿を読みなおし、ところどころに、線をひいたり、感嘆符をつけたりしました。それから、あかいリボンでとじました。この屋根部屋のジョウの机は、かべにとりつけてある古いブリキの台所用のたなでした。ジョウは、そのなかへ原稿用紙や二三冊の本をしまいこんで、ねずみの、がりがりさんに、荒らされないようにしました。がりがりさんは、やっぱり文学好きで、原稿用紙や本をよくかじるからです。ジョウは、ブリキのいれものからもう一つの原稿をとり出し、今書きおわった原稿といっしょに、ポケットにねじこんで階段をおりました。それから、こっそり家を出て、通りがかりの乗合馬車をよびとめてのり、いかにもたのしそうな、秘密ありそうな顔つきで、町のほうへいきました。
町へ来たジョウは、大いそぎで、あるにぎやかな通りの、ある番地まで突進しました。やっとある家をさがし出しましたが、そのきたない階段を見あげると、じっと立ちどまっていましたが、きゅうに、また大いそぎで帰っていきました。こんなことを二三回くりかえしたあげく、まるで歯をすっかりぬいてもらうような悲壮な顔つきで階段をのぼっていきました。その建物には歯科医もあったのです。
それを見ていたのは、むかいがわの建物の、窓のところをぶらぶらしていたわかい紳士でした。
「一人で来るなんて、あの人らしいな。けれど、気分でもわるくなったら、家までつきそってあげなくちゃ。」
十分とたたないうちに、ジョウはまっかな顔をして、なにかおどろくほど苦しい目にあったように階段をかけおりて来ました。わかい紳士は、ほかならぬローリイでしたが、ジョウがちょいと頭をさげていきすぎたので、すぐに後をおって尋ねました。
「とても痛かった?」
「そんなでもなかったわ。」
「早くすんだねえ。ずいぶん。」
「ええ、うまくいったわ!」
「どうして一人でいったの?」
「たれにも知らせたくなかったからよ。」
「ずいぶん、かわっているんだね。きみは、それで、なん本ぬいたの?」
ジョウは、ローリイのいう意味がわからないのでかれの顔をながめましたが、はっと気がついて、おもしろくてたまらないというように笑いました。
「二本ぬいてもらいたいん
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