、楽しい時間を過しました。そのうちに、時計の針はめぐって、十二時近くになりましたので、お化粧室へ行くようなふりをして、そっと外へ出て、また馬車に乗って帰って来ました。
『どうだったね? 楽しかったかい?』
 お婆さんが迎えてくれて、そう尋ねました。
『ありがとうございました。ほんとうに楽しい舞踏会でした。王子さまと、何度も踊りましたわ。』
『よかった、よかった。さあ、それでは家まで送って行ってあげよう。』
 家へ帰って来た時には、もとのぼろ服の、シンデレラになっていました。

    落した靴

 次の日の朝、姉娘たちは、シンデレラをうらやましがらせようと思っていいました。
『昨夜《ゆうべ》の舞踏会は、とてもおもしろかったよ。それに、美しいどこかのお姫さまが、わたしたちのそばへ来て、王子さまからいただいた蜜柑を、わざわざ下すったんだよ。』
『大勢いたけど、わたしたちは、やっぱり、目につくのねえ。』
『それはそうよ。あのお姫さまは別だけど、わたしたちほど、りっぱな服を着ている者はいないのだもの。』
 シンデレラは、ほほえみながらいいました。
『まあ、そのお姫さまは、どんなにきれいな方でしょう! あたしも行って、その方を見たいわ。』
『わたしたちは、今夜も踊りに行って、またお目にかかるのよ。うらやましいだろう?』
 シンデレラは、いいました。
『姉さんのふだん着でもいいから、貸して下さらない? あたしも一度でいいから、舞踏会へ行ってみたいわ。』
『だめ、だめ、あんたのような燃えがら姫に貸したら、一度でよごされてしまうわ。』
 シンデレラは、この意地わるの姉娘たちと、それ以上、話す気持になれませんでした。
 その晩も、姉娘たちは、きれいに着飾って舞踏会へ行きました。
 シンデレラも、そっと家を出てお婆さんのところへ行きました。お婆さんはシンデレラを、昨夜よりももっと美しくしました。そして昨夜とおなじ六頭立の馬車で行かせました。
 王子さまは、シンデレラの来るのを待っていましたから、たいそう喜んでいいました。
『昨夜はいつお帰りになったか知りませんでした。それで、お見送りもしないで、大変失礼いたしました。』
 もちろん、王子さまに見送られては大変です。今夜もそっと帰らなくてはならないと、シンデレラは考えました。けれど、王子さまと楽しく踊っているうちに、いつ知らず時間がたって、広間の大時計が十二時をうち出したので、すっかり驚いてしまいました。
 シンデレラは、あわてて王子さまのそばを離れ、足の早い鹿のように、広間を飛び出しました。王子さまも驚いて、すぐに後を追いましたが、とうとう追いつくことはできませんでした。ただ、あんまり急いだシンデレラが、片方の足のガラスの靴のぬげたのを、拾う暇もなく逃げ出したので、王子さまはそれを拾いあげました。そして、門を守っている番兵のところへ行って、
『あのお姫さまを見かけなかったか?』
 と、尋ねますと、
『はい、見かけませんでした。ただ見すぼらしい服を着た娘が、出て行っただけでございます。』
 と、答えました。
『そうか。』
 王子さまは、残念そうに、そう言って溜息をつきました。

    王子様の花嫁

 シンデレラは、息をきらしながら、家へ帰って来ました。そして、屋根裏の、きたない自分の部屋に入って、
『ああ、よかった。』
 と、ほっと安心しました。
 ただ一つ、残っている片方のガラスの靴が、楽しい夢のかたみとなりました。シンデレラは、それを戸棚のなかにしまいました。
 さて、王子さまは、美しいお姫さまのことが忘られません。どうかして、このガラスの靴をたよりに、探し出したいと思って、
『この小さなガラスの靴に、ぴったりと合う足を持った少女と結婚する。』
 という、お布告《ふれ》を出しました。
 家来たちは、ガラスの靴を持って、これはと思う娘たちのところへ行って、はかせてみましたが、みんな合いませんでした。とうとうシンデレラの家へも、家来たちがやって来ました。姉娘たちに、はかせてみましたが、やっぱりだめでした。
 シンデレラは、そのガラスの靴が、自分のものだと、すぐに知りましたから、
『あたしに、合わないかしら?』
 と、笑いながらいいました。
 すると、姉娘たちはふき出して、
『なんて図々しいことをいうんだろう!』
 と、あざけりました。
 けれど、家来たちは、シンデレラが美しいのを見て、ぜひ試させたいと思いました。
『どうぞ、はいてみて下さい。』
 そこで、シンデレラ[#「シンデレラ」は底本では「シンデラ」]は、その靴に足を入れました。ところが、どうでしょう! まるで蝋で型をとった靴みたいに、ぴったりと合いました。
『や、や、や! あなたでした。あなたでした!』
 家来たちは、驚いてしまいました。
 姉娘たちも、驚いて顔色を変えました。
 シンデレラは、屋根裏の戸棚から、もう一つのガラスの靴をとり出して来て、片方の足にはきました。もう疑う余地はありません。
 そこへ、いつの間にか、魔法使のお婆さんが来ました。
 そして、シンデレラの身体にちょっと杖をあてますと、ぼろ服はたちまち美しい服に変りました。姉娘たちは、思わずその前にひれ伏してしまいました。
『シンデレラさん、どうぞ許して下さい。わたしたちは、意地わるばかりしました。』
『ほんとに、長い間、苦しめました。さぞ、辛かったでしょう。どうぞ許して下さい。』
 二人は、心からお詫《わび》をしました。
 そこへ、お母さまも来ました。お母さまも泣いてあやまりました。
『シンデレラや。どうぞわたしをぶっておくれ、たたいておくれ、蹴っておくれ。』
 お母さまは、気が狂ったようにいいましたが、もともとやさしい気だてのシンデレラは、すこしも怨《うら》みがましいこともいわず、ただうれし泣きに泣いて許しました。
 ああ、そのために、シンデレラは、いよいよ美しく、光りかがやいて見えました。家来たちは、シンデレラが美しいばかりでなく、心も美しいことを知りました。この方よりほかに、王子さまの結婚なさる相手はいないと思いました。
『さ、一刻も早くお城へまいりましょう。王子さまはお待兼ねでございます。』
 家来たちは、シンデレラにお供をして、お城へ行きました。王子さまのお喜びは、たとえようもありません。
 それから間もなく、賢い王子さまと、美しいシンデレラの結婚式が、国中の人々の祝福の間に行われました。そして、いつまでも凋《しぼ》むことを知らぬ、白と紅《あか》の薔薇のように、二人は楽しく幸福でありました。[#地から2字上げ](おわり)



底本:「世界名作物語」少女倶樂部六月号附録、大日本雄辯會講談社
   1937(昭和12)年6月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本は総ルビでしたが、一部を省きました。
※冒頭の「シンデレラを讃う」は、底本では巻頭の口絵に掲載されています。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
ファイル作成:
2003年12月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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