シンデレラ
水谷まさる
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)シンデレラを讃《たた》う
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(例)シンデレラ[#「シンデレラ」は底本では「シンデラ」]は、
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シンデレラを讃《たた》う
神につながる心持つ
世にも可憐なシンデレラ
雨風つよくあたるとも
心の花は散りもせず。
魔法の杖の一振に
たちまち清き麗姿《あですがた》
四輪の馬車に運ばれて
夢のお城へいそいそと。
時計の音におどろいて
踊る王子のそば離れ
あわてて帰るその時に
脱げたガラスの靴ひとつ。
靴は謎とく鍵の役
捜し出されたシンデレラ
お城に迎え入れられて
心の花ぞかがやきぬ。
燃えがら姫
ある晩、お父さまから、
『今度、お母さまがいらっしゃることになったよ。』
と、聞かされた時、シンデレラはお父さまがびっくりなさったほど大きな声で、
『まあ、うれしい!』
と、いって、いきなりお父さまに飛びついて、頬ずりをしながら、
『お父さま、ありがとう、ありがとう!』
と何度も何度もお礼をいいました。
ほんとに、長い間、シンデレラはお父さまと二人で暮して来て、お母さまの愛に飢えきっていました。お母さまのいない家庭は、炉に火が消えているのと同じようなもので、なんとなくもの足らないものですが、いよいよこれで望《のぞみ》がかないました。シンデレラは、うれしくてうれしくて堪りません。それで、お父さまに向かって、いろいろと今度来るお母さまについて尋ねるのでしたが、お父さまはにこにこ笑って、
『お前をかわいがってくれるというので、貰《もら》う気になったのだよ。だから、どんなお母さまかたいていわかるだろう。おまけにね、いい姉さんを二人連れて来るよ。』
シンデレラは、いよいようれしくなりました。お父さまのお言葉で、どんないいお母さまか、たいてい想像がつきました。それに、二人のお姉さんができるというのです。こんなうれしいことはありません。春の潮《うしお》のように、新しい幸福が、胸に押し寄せて来るのでありました。
シンデレラは、小さい時に別れたお母さまのことを、ほとんど忘れていましたが、それでもお母さまの味わいというものを、おぼろげながらも、覚えておりました。膝《ひざ》のうえにのせられて、お船のように揺《ゆす》られたことや、やさしい子守唄をうたって貰ったことなどが、ひっそりと、まるで夕暮の影のように、胸に残っていました。シンデレラは、そのお母さまの思出《おもいで》を、今度の新しいお母さまに結びつけるのでした。そして、胸をわくわくさせながら、お母さまの来る日を待っておりました。
やがて、シンデレラの家に、お母さまが来ました。ところが、いっしょに住んでみると、そのお母さまは、考えていたのとは非常にちがっていました。年もとっていましたし、顔だってきれいではありませんでした。けれど、そんなことは、どうでもよかったのですが、なによりも失望したのは、やさしみがないことでした。また、二人の新しい姉も、お母さまとよく似た意地悪の娘でありました。
お母さまと二人の姉とは、お父さまの前では、シンデレラに冷たいそぶりも見せませんでしたが、お父さまがいないと、がらりと変っていろいろと辛くあたるのでした。
それは、シンデレラが、きれいであったためです。きれいなのを妬まれたのです。けれど気だてのすなおなシンデレラは、そんなことは露知らず、冷たくされるのは自分が至らぬせいだと、あきらめておりました。
『みんな、あたしがわるいからだわ。』
シンデレラは、そう考えて、ちっともいやな顔も見せないで、お母さまと二人の姉さんたちに、精一杯仕えようとしました。けれど意地悪の三人には、そのシンデレラの優しさ、すなおな気だてが、かえって憎らしく思われるのでした。
『ほんとに小憎らしい子だよ。』
お母さまは、シンデレラを目の敵《かたき》のようにして、わざとたくさんの用事をいいつけて、朝から晩までこき使いました。
お掃除、皿洗、水汲――シンデレラは、独楽鼠《こまねずみ》のように、くるくる身体を動かして、立ち働かなくてはなりませんでした。
そして用事がやっと済むと、いつも部屋の隅の炉端へ行って燃えがらと灰にまみれて休むのでしたが、その短い休息がシンデレラにはなによりの楽しい時間でありました。そのかわり、姉娘から、とうとう『燃えがら姫』というあだ名を、つけられてしまいました。
悲しいシンデレラ
ある時、王さまの御殿で、舞踏会《ぶとうかい》が開かれることになりました。
姉娘も、妹娘も、お招《まねき》を受けたので、それはそれは大喜びでした。けれど、どの服を着て行こうか、それをきめるのが大変でした。
二人は箪笥からたくさん服を引っぱり出して、頭のさきから足のさきまで映る大鏡の前で、あれを着てみたり、これを着てみたり、大騒をしました。
おかげで、シンデレラは、二人がいっぱい脱ぎ捨てた服を、たたんだり、火のしをかけたり、まる一日忙しい目に逢いました。
お母さまが、心配してお部屋へ入って来ました。
『お化粧はできたのかい? 着て行く服はきまったのかい? さっさとしないと、時間に遅れますよ。』
そこで姉娘は、やっと決心をして、
『わたしは、やっぱり、縫いとりのついた、赤い天鵞絨《ビロウド》の服にするわ。』
と、いいますと、妹娘も、
『それじゃ、わたしは金の花模様のある服と、ダイヤモンドのついた胸当をして行くわ。』
と、いいました。
『だけど、お母さま、あんまり服を持っているのも、こういう時には苦労ですわ。燃えがら姫だったら、ほんとに世話はないんだけど。』
姉娘がそういうと、お母さまも妹娘も声をあげて笑いました。ほんとに、シンデレラは、一枚だって服らしい服を作って貰ってはいないのでした。
うつむいて服をたたんでいたシンデレラは、その意地のわるい言葉を聞いて、思わず涙ぐんでしまいましたが、姉娘は自分の言葉で、お母さまと妹とを笑わせたので、わざとお調子に乗って、
『だけど、燃えがら姫が、ぼろ服で今夜の舞踏会へ行こうものなら、どんなに笑われるでしょうね。そのかわり、今度、豚の舞踏会に招かれたら、さっそく出かけるといいわ。大丈夫笑われやしないから。』
と、いいました。お母さまと妹娘とは、また声をたてて笑ってしまいました。
シンデレラは、さすがに悲しくて、思わず涙を落しそうになりましたが、たたんでいる服に落したら大変だと思って、あわてて手の甲でこすりました。
しばらくは、服のお着替《きかえ》で大騒でしたが、それもやっと済んで、姉娘と妹娘は、お母さまに見送られて出かけて行きました。
シンデレラは、二人が行ってしまうと、急に悲しくなって、台所の隅へ行きましたが、そのままそこへ泣き伏してしまいました。
すると、間もなく、誰かそっとシンデレラの肩をたたく者があります。
びっくりして顔をあげてふり向くと、どこかの知らないお婆さんが杖を持って、にこにこ笑っておりました。
『そんなに泣くものじゃないよ。』
『だって……だって……』
シンデレラは、涙が流れて咽喉《のど》がつまって、それ以上なんにもいえませんでした。
『わたしは、ちゃんと知っているんだよ。お前は舞踏会に行きたいのだろう?』
シンデレラは、ただうなずきました。
『よしよし、お前はいい子だから、舞踏会へ行けるようにしてあげよう。』
シンデレラは、ふしぎそうな顔をして、お婆さんの顔を眺めながら、もしほんとならどんなにうれしいだろうと思いました。
『でも、あたし、服もありませんし、靴もありませんし……』
お婆さんは、シンデレラがそういいかけると、
『いいんだよ、いいんだよ。そんなこと、すこしも心配いらないんだよ。まあ、いっしょに来てごらん。』
と、いって、そのまま先に立って出て行きます。
シンデレラは、ふらふらと、その後へついて行きました。
舞踏会
やがてお婆さんは、自分の家へシンデレラを連れて行くと、さっそくいいました。
『さあ、畠《はたけ》へ行って、南瓜《かぼちゃ》を一つとっておいで。それがお前さんを、舞踏会へ連れて行ってくれるんだよ。』
シンデレラは、すぐに畠へ行って、南瓜を一つとって来ましたが、どうしてこの南瓜が舞踏会へ連れて行ってくれるのか、考えてもわかりませんでした。
ところが、お婆さんは、その南瓜の右と左をすこし切り捨てて、なかの種をとり出して、杖でぽんとたたきました。すると、それは金色《こんじき》の美しい四輪馬車に変りました。
『あっ!』
シンデレラは、思わずびっくりして声を出しました。
お婆さんは、にこにこ笑いながら、おなじように杖一本で、箱のなかにいた六匹の二十日鼠《はつかねずみ》を六匹のたくましい馬に変え、鼠をいきな馭者《ぎょしゃ》に変え、六匹の蜥蜴《とかげ》を六人のりっぱなお供に変えました。
『さあ、これで舞踏会行らしい乗物の支度ができたよ。どうだね、うれしいだろう?』
『ええ、うれしゅうございますわ。でも、こんなぼろ服を着て行って、いいんでしょうか?』
お婆さんは、さっそくシンデレラの身体に、ちょっと杖をあてました。すると、まあ、どうでしょう! たちまちそのぼろ服は、金糸銀糸の縫いとりのある、まばゆいばかりの晴着に変ってしまいました。
それだけではありません、お婆さんは世にも美しいガラスの靴を、シンデレラにはかせました。
『まあ! まあ! まあ!』
シンデレラは、まるで夢でも見ているような気持でした。
そして、自分が胡蝶《こちょう》の精にでもなったように思われて、思わず足どり軽く踊りはじめるのでありました。
『さあ、それでは馬車へお乗り。だが、いっておくがね、舞踏会には夜半《よなか》の十二時までしかいられないのだよ。それから一分でも過ぎようものなら、この馬車はもとの南瓜になるし、馬は二十日鼠になるし、馭者は鼠になるし、この美しい服はもとのぼろ服になってしまうんだよ。』
『わかりました。それでは、かならず十二時前に帰ってまいります。』
シンデレラは、かたくお婆さんに約束をして馬車に乗りました。馭者が、ピュッと鞭《むち》を鳴らすと、馬車はしずかに動いて行きました。
このりっぱな六頭立の馬車が、御殿へついた時、番兵は驚いて知らせに行きました。
『どこのお姫さまか存じませんが、それはそれは美しいお姫さまが、只今《ただいま》、六頭立の馬車でお越しになりました。』
それを聞いた王子さまは、わざわざ出迎えに出て、シンデレラの手をとって、馬車から助けおろし、広間へ案内しました。
美しい広間では、今しも大勢の人が踊っていましたが、王子さまが案内して来た美しいお姫さまを見ると、みんな踊をやめて見とれてしまいました。バイオリンを弾いていた楽手達も、同じように見とれて、弾く手をやめてしまいました。
『いったい、どなただろう? ついぞ見かけたことのない方だが……』
『まったく、絵のなかから、ぬけて来たような方だ!』
こんなささやきが、あちこちで起りました。
王子さまは、一番上席へシンデレラを腰かけさせました。そして、お茶やお菓子や果物をすすめました。
やがて、音楽がはじまると、待ちかねた王子さまは、さっそくシンデレラと踊りました。二人のステップはよく合います。二人は、風のなかの花びらのように、かるがると踊りました。それは、なんともいわれない楽しさでした。
踊り済むと、シンデレラは、自分の姉さんたちが腰をかけている長椅子に腰をかけました。そして、王子さまからいただいた蜜柑《みかん》をわけてやりました。
『まあ、ありがとう存じます。わたしたちに、こんなに御親切にしていただいて……』
二人は、このお姫さまから、わざわざ蜜柑をいただいたことを、たいそう光栄に思って、ていねいにお礼をいいました。
シンデレラは、くすぐったいような気持がしました。
それから、シンデレラは、何度も王子さまと踊って
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