つと才覚し得た金の中から、この三つ分を差引いてしまふと餅代さへも残りかねる。が餅は喰はねど高敷居とでもいはうか、ぜひともこの際に長者の家の敷居を跨いで置かねばなるまい。やゝ悲痛な思ひで私はそれを掻き集めた。敢然として一つの徳心を果さんとする場合の人間は、いつも一種悲痛なものである。この悲痛味があればこそ、徳心はいよ/\徳なのかもしれない。とにかくかうして私は家主さんの門を叩いた。
 やあ、ようこそと私は座敷へ招じ入れられた。私は早速この三ヶ月の間の御無沙汰について語りはじめた。だがわが家主さんは、軽くそれを抑へるやうにして、奥さんの淹れて来たお茶をすゝめてくれた。しとやかなその奥さんはやがて一揖ののちにお消えになつた。するとである。こゝでわが長者が、意外な言葉を私の耳に囁くやうにしてくれたのである。高田さん、あなたなぞは随分、御家内に内証で支払はなければならん筋のものがおありになるんぢやないのですか。
 はあ、と私は当然面喰ふより外はなかつた。事実それはその通りに、あるにはあるのであるが、この節季にさしかゝつては、どうあつたにしても仕方のあることではない。はあ、と私はもう一遍返事して、
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