義務として私は余儀ないことの無い限り家庭に止まつてゐなければ不可ぬことになる。これもまた一つの余儀なさである。そこで順序として反撥の感情が起る。用事もないのに外を出歩きたい気持になることは止むを得んではないか。私が今日この温泉へ来てぼんやりしてゐるのも、早く引越しをして気を変へたいにも拘らず、どうあつても貸家が見つからん余儀なさからの事である。決して贅沢などといふものではない。その証拠にはかうしてこゝにゐながらも貸家のことで屈托してゐるではないか。二十年も昔のことだが、学校の教室で私は、当時巴里から帰られたばかりの島崎藤村さんに会つたことがある。その教室の窓へその頃組織されたばかりの学生オーケストラの、極めて下手くそな音楽が流れて来た。が藤村さんは、話半ばにその音楽の方へ耳を傾けて、あゝあゝいふ音楽を聴きつけても私は巴里を思ひ出します。昨日も私は雑司谷の森を歩いてゐて、ふつとブウローニュの森を歩いてゐるやうな気になつてゐる自分を見出して驚きました。それなのに私は巴里にゐるとき、何かにつけ東京をばかり思い出してゐたものなのです。ブウローニュを歩きながら私は雑司谷を歩いてゐたことが何度もあります。巴里にゐては東京を、東京にゐては巴里を、これが人生といふものの姿ででもあるのでせうか? かういつてこの詩人は私達の前でうつとりとその眼を窓の外のぽつんと浮いた白雲の方へ流して見せた。あゝあの雲が巴里なのかと、私達もまたその方へ眼を向けた。だがこの事が二十年後にもなつて、貸家といふ主題の下に蘇つて来たのも微妙なことである。貸家を探しては温泉宿をおもひ、温泉宿へ来ては貸家のことを考へる。
 さて、私は概ね家庭主義者ではない。だから離家の二階が気に入つたといふことについて、簡単に説明をしてしまはう。離家の方にゐればそれだけ私は家庭から遠ざかつてゐられる訳である。その上に二階と来た。そこへ陣どれば、平面的な距離ばかりではなく、立体的に上下の差別さへついて、私はこゝに安穏なる書斎を設けることが出来るぢやないか。私は家主さんに向つていつた。気に入りました。お借りしたいと思ひます。だが私はここで、しかし、と附け加へたのである。と家主さんの方でも、同時に、しかしといつた。
『しかし』といふのは端倪すべからざる言葉である。それは奥底を持つてゐる。政治家のやうな性格である。たとへば、平沼さんは立派
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