ポタミヤの消印があるので、むろん、すぐに、ウ※[#小書き片仮名ヲ、390−下−6]ルターからだとは感づきましたが、それにしても、こんな草つ葉なぞを何の意味でよこしたのだらうと、けゞんに思ひながら、注意ぶかく葉つぱを、ほどきのばして見ますと、しまひに草の間から、古けた紙にかいた手紙を小さくちぎつたのが、かたまつて出て来ました。
「ふゝん、かうして検閲官の目をくらませたのだな。」と牧師は胸ををどらせながら、苦心をして、そのきれ/″\を、すつかりつなぎ合せました。するとけつきよく三通の完全な手紙が出来上りました。
 ウ※[#小書き片仮名ヲ、390−下−15]ルターは例の片腕を切り落された貴い愛国の勇士を、やはり、じぶんだとは言はず、どこまでも、或知合ひの、遊牧民上りのアラビア人としてかき続けてゐるのでした。
「親愛なる牧師殿よ。かの片腕のアラビア人は赤痢のためにおとろへつくした、敗残のからだ[#「からだ」に傍点]を引きずつて、とう/\アデンの町までたどり着きました。赤やけた夕日は丁度あたりの棕梠の林の上に沈みかゝつてゐました。
 彼は最早、これ以上歩くことも出来ないため、虫のやうに、はひずりながら、そこから少し先の村にある、彼の家を目ざして、にじり動きました。彼は月光のみなぎつた砂地を横ぎつて、やつとのおもひでわが家のそばの林の下まで来ました。もう一と息でその林をくゞり出れば、彼のこひしい妻と三人の子供との手を取ることが出来るのだと思ふと、半死人のごとくに、へと/\になつた彼自身の中に、急にあたらしい命が注ぎ入れられたやうに元気づきました。彼は思はず立ち上つて走り出しました。しかし林をくゞりぬけると同時に、彼は、あッと叫んで倒れころがりました。彼の家は、すつかり焼け落ちて灰のかたまりだけになつてゐるではありませんか。彼はおどろきのあまり、そのまゝ気絶してしまひました。
 牧師殿よ、しかし神のお恵みのありがたさ。彼はやがて、何だか真つ黒な眠りから目ざめるやうな気持で、かすかに目を見ひらきました。まだ、すべてが、わけの分らない夢のやうで、はつきりしませんでしたが、ともかく彼はだれかの膝の上にかき抱かれて両手をかたく握られてゐました。変だなと、ぼんやり気づいたとき、彼の顔の上へ、ぽた/\と熱い涙がしたゝり落ちました。
「おゝ、あなたよ。」と喜ぶ、女のアラビア言葉は、まがひもない
前へ 次へ
全16ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング