う。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。
「着物が少し長いや。ほら、踵《かかと》がすっかり隠れる」と言うと、
「母さんのだもの」と炬燵《こたつ》から章坊が言う。
「小母さんはこんなに背が高いのかなあ」
「なんの、あなたが少し低うなりなんしたのいの。病気をしなんすもんじゃけに」と初やが冗談をいう。
「女は腰のところを下帯で紮《から》げて着るんですから」と言って、藤さんはそばから羽織の襟を直してくれる。
「なぜそうするんでしょう」
「みんなそうするんですわ。おや、羽織に紐がございませんわね」
「いいえけっこう」というと、初やが、
「まあ、お二人で仲のいいこと」と言いさま、きゅうにばたばたとはげしく煽ぎだす。
「まあ」と藤さんは赤い顔をしている。
蜜柑箱を墨で塗って、底へ丸い穴を開けたのへ、筒抜けの鑵詰の殻《から》を嵌《は》めて、それを踏台の上に乗せて、上から風呂敷をかけると、それが章坊の写真機である。
「またみんなを玩具《おもちゃ》にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついてさせたのだという。章坊は、
「兄さんを写してあげるんだから、よう、炬燵から出てくださいよ」と甘えるように言うかと思うと、
「じきです。じき写ります」と、まじめに写真やのつもりでいる。
「兄さんは炬燵へ当ってる方がうまく写るよ」
「だって姉さんが邪魔をしてるんだもの」と風呂敷の中へ頭を入れる。
「姉さんぐずぐずしてると背中が写ってしまいますよ」
「はいはい」と、藤さんは笑いながら自分の隣へ移る。
「兄さん、もっと真っ直ぐ」
「私の顔が見えるの?」
「見えるとも、そら笑ってらあ。やあい」
がたがたと箱を揺ぶる。やがてもったいらしく身構えをして、
「はい、写しますよ」とこちらを見詰める。
「あら、目を閉《つぶ》ってるものがあるものか。……さ、写りますよ。……ただ今。はいありがとう」と手に持った厚紙の蓋《ふた》を鑵詰へ被《かぶ》せると、箱の中から板切れを出して、それを提《さ》げて、得意になって押入の前へ行く。
「章ちゃん、もう夜はそんな押入なぞへはいるもんじゃないよ」と小母さんが止めると、
「だってお母さん。写真を薬でよくするんじゃありませんか」と泣きそうな顔をする。
「それよりか写真屋さん。一昨日《おととい》かしら写したあたしの写真はいつできるんですか
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