て、お医者さんや、おほきなひぢかけいすや、はがねの道具や、車、ピンセット、やすりなぞ、さういふいろんなものを見ると、死にものぐるひで、こゞまりちゞみ、小さなロバのやうに、メー/\なきはじめました。
 お母ちやまは、ひどくこまつておしまひになり、ハンケチを出して、いすによりかゝつてお泣き出しになりました。それを見るとトゥロットは、すなほに手術いすに上りました。でも、けつきよくはおなじことで、とてもこはくて、いやでたまらなくて、また泣き出しました。お母ちやまはとう/\しかたなしに、お菓子屋へつれていつて、あまい、のみものを二はいと、お菓子を三つ、飲ませたり、食べさせたりして、やつとまたつれていらつしやいました。
 トゥロットは、それだけをのこらずミスにお話しして、ぼくがわるかつたと言ひました。
「あなたのきのふの罪は、すべてあなたの勇気がたりないからです。けふは、古代や近代の民族、とくにイギリス国民の歴史から例を引いて、勇気のお話をしませう。イギリス人はこの徳性をりつぱにそなへてゐます。その点では、いかなる国民も、イギリス人の足もとにもよりつけません。」


    二

 さあ、そろ/\むつかしくなりました。トゥロットは、きつと、こんなことになるだらうとはおもつてゐましたが、いよ/\となると、うんざりしてためいきをつきました。まいあさ、ミスに、前の日にしたわるいことを話すと、ミスはきつとすぐに、あなたにはこれ/\の徳性がたりないと言つてくど/\話し出すのがおきまりです。中でもイギリスの歴史から一とう多く例をひいて来ます。イギリスには、いろんな徳性が、どつさり、あふれてゐるものと見えます。ですから、トゥロットの頭の中にある英雄は、みんな、イギリスの兵たいのなり[#「なり」に傍点]をしてゐます。
 このまへトゥロットが、人の髪の毛を引つぱつたことをうちあけますと、ミスは友人といふもののうつくしさををしへると言つて、アシールとパトロークルのお話をしました。
 トゥロットには、どういふわけか、そのアシールとパトロークルのことをおもふと、いつでもイギリス人の曲馬団で、うたつたりをどつたりしてゐた黒ん坊の顔が目にうかびました。ソクラテスだつて、トゥロットには、金ぶちの目がねをかけた、バラ色の顔をしたイギリスふうの老紳士のやうにしかおもはれず、聖ルイさへも、牧師のウエブスターさんのすがたをしてあらはれて来るのです。
 しかし、一とう多くいろ/\な役になつて出て来るのは、いつも或《ある》小さなお嬢ちやんと老夫人の乗つてゐる、二頭だての馬車の御者台の上にゐる、あのイギリス人です。ふとつた、あぶらぎつた赤ら顔の男ですが、これはミスのお話できいた、フランソワ一世になつたり、アジャクスにもなりジユリアス・シーザーにもクロムウエルにもなるのですからきたいです。
「トゥロットさん、聞いてゐますか?」
 今、ミスはかう言ひながら、目を光らせてレオニダスが祖国をまもるために、三百人のスパルタ人と一しよに戦死したお話をつゞけます。と、おもふと、こんどはホラチュース・コクレスのお話です。これは、目つかちの勇士で、たつた一人で敵の全軍をひきうけて、一つの橋を防ぎまもつたのですから、レオニダスよりもすばらしいわけです。ミスはその話でもつてすつかり逆《のぼ》せ上つて、トゥロットの手をぐん/\ひつぱつて歩きます。
 と、そのうちにミスはふと立ちどまりました。ムシュウス・スケボラは、ぼうぎやくな王を殺さなかつたのを悔いて、じぶんに刑罰を加へるために、手を火の中につッこんで焼きました。ミスはその話をしながら、片手をにゆッとまへにつき出しました。トゥロットはそのいきほひのすごいのを見て、これは、ミスもスケボラのやうに、じぶんで手をやいたことがあるのぢやないかとおもひました。しかし、ざんねんなことには、ミスの手には手袋がはまつてゐるので、手の先がやけおちてゐるかどうか、それが見えません。
 あゝァ、やつとイギリスの歴史になつて来ました。
 聖地パレスティーヌで、サラセン人をほろぼしつくしたのはリシャールです。ミスの日がさはサラセン人をきりたふし、よろひへうちこみ、または、そのときのリシャールの王家の旗じるしのやうに空中にゆらめきました。
 トゥロットはミスがよろひを着て、騎士のやうに馬にまたがつて、やばん人にせめかゝる、いさましいすがたをかんがへました。ミスには、たぶん、よろひなぞはいらないでせう。あんなに、からだがかたいのですもの。この人にあたれば、どんな矢だつてみんなをれてしまふでせう。これではサラセン人も気のどくです。
 ミスは一しようけんめいに話しつゞけます。
「近代では、かういふ崇高な功績といふものはきはめて少くなりました。つまり、イギリス人の英雄的な行為を必要とする出
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