は、金と銀の糸でおつた、色々の宝石の飾りのついた、きれいな着物がかけてありました。
 おろして見ますと、その着物の胸のところには、大きな紅宝石《ルービー》がついてゐました。飾りの宝石もその紅宝石《ルービー》も、ちようど夜の空の星のやうに、きら/\とまぶしく光ります。男の子はびつくりして、その着物をお母さまに見せようと思つて持つて下りました。
 しばらくするとお母さまは、二人の男の子と、赤ん坊とをつれてかへつて来ました。男の子は、
「母さま/\、こんなきれいな着物が二階にありました。着てごらんなさい。」と言ひました。お母さまは、それを見ると、うれしさうにほゝゑんで、すぐにからだにつけました。子どもたちは、お母さまがその着物を着て、きれいなお母さまになつたものですから、よろこんで踊りまはりました。男の子は、
「父さまがかへるまで、毎晩貸して上げる。そして父さまがかへつたら、私がたのんで、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「今晩赤ちやんを寝かせるまで貸しといておくれね。」と言ひました。男の子は、
「それまで着て入らつしやい。」と言ひました。
 男の子はその晩は、いつまでも眠らないで、床の中で目をあいてゐました。さうすると、間もなくまた、外の月のあかりの中から、うつくしいこゑで、
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「蜘蛛《くも》の梯子《はしご》が下りてゐる。
おまへが七年ゐないとて、
二人の星は泣いてゐる。」
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と、小鳥のやうなうつくしいこゑでうたふのが聞えて来ました。
 それから、しばらく何の声もしませんでしたが、こんどは、赤ん坊に添へ乳《ぢ》をしてゐたお母さまが、
「ねん/\よ、ねん/\よ。わたしのかはい紅宝石《ルービー》を、どうしておいていかれよう。」と、謡《うた》ひました。男の子は聞いてゐるうちに、ひとりでにうと/\と眠くなつて、お母さまの声がだん/\に遠くの方へいつてしまふやうな気がしました。そしてそれなり、お日さまが出るまで、ぐつすり寝てしまひました。
 男の子は朝、目をさまして、ゆうべの歌のことを言はうと思つて、お母さまをさがしますと、お母さまはどこにもゐません。男の子は、
「それでは、すゐれんの泉へいつたのだらう。」と思つて、そちらへさがしにいきましたが、お母さまはやつぱりそこにもゐませんでした。それでまた家《うち》へかへつて見ますと、お母さまばかりでなく、小さな赤ん坊もゐなくなつてゐました。男の子は、
「これはきつと、悪いどろぼうが、お母さまと赤ん坊をさらつていつたのにちがひない。をとゝひの晩からの美しい歌は、きつと、どろぼうが母さまをだましてつれ出さうと思つて謡つたのだ。」と思ひました。見ると、お母さまに貸して上げた、あの玉の飾りのついた、きら/\した着物もありません。
 下の二人のこどもは、母さまがゐない、母さまがゐない、と言つて泣き出しました。男の子は二人をなだめて、森の中をさがしてまはりましたが、どこまでいつて見ても、お母さまはゐませんでした。二人の子どもは、
「母さまがゐないからこはい。母さまがゐないからこはい。」と言つて、どんなにだましても聞かないで、いちんちおん/\泣いてこまらせました。男の子もしまひには、
「母さま、かへつてよ。母さま、かへつてよう。」と言ひ/\泣きました。二人の子どもは、お腹《なか》がすいてたまらないものですから、よけいにわあ/\泣きました。
 男の子は、そのうちにふと、お父さまからあれほどきびしくとめられてゐたことを思ひ出して、
「あゝ、しまつたことをした。父さまの言ふことを聞かないで、二階の部屋の戸をあけたので、あの美しい玉の飾りの着物までなくなつてしまつた。父さまがかへつたら、何と言はう、母さまや、赤ん坊がゐなくなつたのも、きつと私《わたし》が父さまの言つたことにそむいたばち[#「ばち」に傍点]にちがひない。」
 かう思ふと、なほ/\かなしくなりました。
 間もなく日がくれて、美しい月夜になりました。男の子は二人の子どもを寝床へ寝かせようとしてゐますと、ふと入口の戸があいて、お母さまが、ゆうべの玉の飾りの着物を着てかへつて来ました。下の二人の子どもは、大よろこびで、お母さまに飛びつきました。
「母さまがゐないからこはかつた。」
「私《わたし》も怖かつた。」と二人はかはる/″\言ひました。お母さまは、
「もう私《わたし》がついてゐるから、何にもこはいことはありません。それよりも、みんなさぞお腹《なか》がすいたでせう。さあこれをおあがりなさい。」と言つて、大空からもつて来た、おいしい果物を分けてやりました。二人の子供はうれしがつて、どん/\食べました。しかし一ばん上の男の子は、それを食べようともしないで、
「母さま、赤ん坊はどこへいつたの。母さまは私《わたし》たちをおいていきはしないと言つたのに、どうしてよそへいつたの。」と聞きました。お母さまは、
「赤ん坊は私《わたし》の二人のお姉さまのそばで寝てゐます。私はこれからすぐにまたお家《うち》へかへつて、遠くから見てゐて上げるから、みんなでおとなしくおねんねをするのよ。またあすの晩もおいしいものをもつて来て上げるから。」と言ひました。男の子は、
「それではその玉の着物をぬいでいつてね。父さまが、あのお部屋をあけてはいけないと言つたのに、私《わたし》があけて出したのだから、父さまにしかられる。父さまがかへつたら、私がねだつて、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「そんなことはいゝから、早くこの果物をおあがり。」と言ひました。男の子はさう言はれたので安心して、お母さまとならんで、そのおいしい果物を食べました。
 さうすると、だん/\に金の鍵のことも玉の飾《かざり》の着物のこともみんなわすれてしまひました。そしてお母さまが美しい着物を着て、美しい人になつてゐるのが、うれしくてたまりませんでした。


    四

 男の子は、もうお母さまはどこへも出ていかないものと思つて、安心して寝床へはいりました。すると、そのうちに、また、ふいと歌の声がするので目がさめました。ぢつと聞いてゐると、やつぱりゆうべと同じ美しい声で、
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「紅宝石《ルービー》がしきりと泣いてゐる。
日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄《ひづめ》が糸を切る。」
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と謡《うた》ひました。
 お母さまは、ちやうど一ばん下の子どもが目をさましたのを寝かしつけてゐました。外の声が止《や》むと、お母さまは、
「ねん/\よ、ねんねんよ。この子はこよひつれていく。この子にこゝで泣かれては、私《わたし》もお空で泣くのだから。」と、言ひ/\涙をふきました。
 一ばん上の男の子は、またひとりでに眠くなりました。そして、
「明日は母さまにさう言つて、赤ん坊をつれてかへつてもらはう。さうすれば母さまはもうじぶんのお家《うち》へかへらないですむだらう。」と、かう思ひ/\寝てしまひました。
 あくる朝目をさまして見ますと、お母さまは、いつの間にか、一ばん下の弟と一しよに、ゐなくなつてゐました。二ばん目の弟は、母さまがゐないと言つてわあ/\泣きました。男の子は、
「泣かなくてもいゝよ。母さまは夜になればまた来て下さるから。」と言つて、なだめました。しかし弟は、何と言つても泣き止《や》まないので、しまひには涙で目がまつ赤《か》にはれました。
 そのうちに、日がくれて、空には星が一ぱい出ました。すると間もなく、入口の戸があいて、お母さまがかへつて来ました。
 二ばん目の男の子は、走つて来て、お母さまの手に取りついて泣きながら、
「二人きりでこゝにゐるのはいや。母さまのお家《うち》へつれてつて。」と言ひました。
 お母さまは二人に頬《ほほ》ずりをして、またゆうべのやうな、おいしい果物を分けて食べさせました。一ばん上の男の子は、
「母さまはとう/\二人ともお家《うち》へつれてつてしまつたのね。父さまがかへつたら、何と言へばいいの。」と心配さうに聞きました。お母さまは、
「それはまたあとでお話するから、早くお食べなさい。」と言ひました。
 男の子は、ひもじくてたまらないので、急いで果物を食べました。そして、もう悲しいことも心配ごともわすれて、お母さまと楽しくお話をして、しまひに寝床へはいりました。
 男の子は明け方ぢかくに、ふと目がさめました。さうすると、また外に歌の声がしてゐました。
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「日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄が糸を切る。
二人は夜どほし泣いてゐる。」
[#ここで字下げ終わり]
と、小鳥のやうな美しい声で謡つてゐます。お母さまは、二番目の子が目をさましたのを寝かせながら、
「ねん/\よ、ねん/\よ。この子が寝たらつれていく。あとでこの子に泣かれては、私《わたし》もお空で泣くのだから。」と、悲しさうに言ひました。
 男の子はその歌を聞きながら、またすや/\と寝入つてしまひました。
 朝起きて見ますと、窓にはもう日かげがまつ黄色にさしてゐました。そして、お母さまも弟もみんなゐなくなつてゐました。
 男の子はいちんち一人で泣きつゞけて、涙で目がまつ赤にはれました。
 やがて夜になつて、大空に星がかゞやきはじめたと思ふと、また入口の戸があいて、お母さまがかへつて来ました。男の子はお母さまの手に取りすがつて、
「母さまはどうしてみんなをつれてつてしまつたの。父さまがかへつたら、びつくりするよ。早くみんなをつれてかへつてね。ねえ、母さま。父さまがかはいさうだから。」と、たのみました。お母さまは、
「そんなことはあとにして、早くこれをお上《あが》りなさい。」と言ひながら、空からもつて来た果物をたくさんならべました。しかし男の子は、いくらすゝめても食べませんでした。お母さまは、
「それでは、これから私《わたし》と一しよに、おまへの大好きな赤ん坊と、あの二人の弟たちのところへいきませう。さあお立ちなさい。」と言ひました。男の子は、
「私《わたし》は一人でこゝにゐる。父さまは、かへるまでちやんとお家《うち》の番をしてお出《い》でと言つたから、私は一人で番をするの。」と言ひました。
「それでは私《わたし》はもういきますよ。父さまは明日かへつて入らつしやるはずだから、おかへりになつたらさう言つて下さい。母さまは、玉の飾りの着物を見つけましたから、もうお家《うち》へかへりましたと言つて下さい。母さまはこれまで長い間、毎日/\どんなにお家《うち》へかへりたかつたか知れません、もう今晩きりで二どとこゝへは来ないから、よく母さまのお顔を見ておおき。それから父さまが、なぜ二階のお部屋をあけたとお聞きになつたら、二人の女の人が、夢の中で、母さまが泣いてゐてかはいさうだからあけてお上げと言つたから、開けたのですとお言ひなさい。」
 お母さまはかう言ひ/\さめ/″\と泣きました。
「母さまのお家《うち》はどこにあるの? こゝからよつぽどとほいの?」と、男の子は聞きました。
「それは、あとでお父さまにお聞きなさい。」
 星の女は、かう言つて、間もなく空へかへつてしまひました。


    五

 あくる日になりますと、男の子はお父さまがもうかへるか、もうかへるかと思ひながら、いちんち戸口に立つて待つてゐました。さうすると、やつと夕方近くなつて、向うの森の中に、お父さまのかへつて来る姿が見えました。男の子は走つて迎へにいつて、
「父さま、私《わたし》はずゐぶん悪いことをしたの。女の人が二人、私が寝てゐるうちに来て、母さまがかはいさうだから、二階のお部屋をおあけと言つたから、金の鍵《かぎ》であけたの。さうすると玉の飾りの一ぱいついた、きれいな着物があつたから、母さまに見せたら、母さまが貸してくれと言つた。そしてその晩、外からたれかゞ謡《うた》をうたつて母さまをよぶと、母さまはその着物を着たまゝいつてしまつたの。」
 かう言つて泣き/\話しました。お父さまはそれを聞くとびつくりして、
「ごらんよ、私《わたし》のいふことを聞かないから、
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