し》たちをおいていきはしないと言つたのに、どうしてよそへいつたの。」と聞きました。お母さまは、
「赤ん坊は私《わたし》の二人のお姉さまのそばで寝てゐます。私はこれからすぐにまたお家《うち》へかへつて、遠くから見てゐて上げるから、みんなでおとなしくおねんねをするのよ。またあすの晩もおいしいものをもつて来て上げるから。」と言ひました。男の子は、
「それではその玉の着物をぬいでいつてね。父さまが、あのお部屋をあけてはいけないと言つたのに、私《わたし》があけて出したのだから、父さまにしかられる。父さまがかへつたら、私がねだつて、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「そんなことはいゝから、早くこの果物をおあがり。」と言ひました。男の子はさう言はれたので安心して、お母さまとならんで、そのおいしい果物を食べました。
 さうすると、だん/\に金の鍵のことも玉の飾《かざり》の着物のこともみんなわすれてしまひました。そしてお母さまが美しい着物を着て、美しい人になつてゐるのが、うれしくてたまりませんでした。


    四

 男の子は、もうお母さまはどこへも出ていかないものと思つて、安心して寝床へはいりました。すると、そのうちに、また、ふいと歌の声がするので目がさめました。ぢつと聞いてゐると、やつぱりゆうべと同じ美しい声で、
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「紅宝石《ルービー》がしきりと泣いてゐる。
日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄《ひづめ》が糸を切る。」
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と謡《うた》ひました。
 お母さまは、ちやうど一ばん下の子どもが目をさましたのを寝かしつけてゐました。外の声が止《や》むと、お母さまは、
「ねん/\よ、ねんねんよ。この子はこよひつれていく。この子にこゝで泣かれては、私《わたし》もお空で泣くのだから。」と、言ひ/\涙をふきました。
 一ばん上の男の子は、またひとりでに眠くなりました。そして、
「明日は母さまにさう言つて、赤ん坊をつれてかへつてもらはう。さうすれば母さまはもうじぶんのお家《うち》へかへらないですむだらう。」と、かう思ひ/\寝てしまひました。
 あくる朝目をさまして見ますと、お母さまは、いつの間にか、一ばん下の弟と一しよに、ゐなくなつてゐました。二ばん目の弟は、母さまがゐないと言つてわあ/\泣きました。男の子は、
「泣かなくてもいゝよ。母さま
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