の犬をまたほしいといふんだね。それぢや二円お出しよ。」と言ひました。
 おばあさんは二円と聞いて、びつくりしてとび上りました。これでは、もうピエロがかはいさうなも何もありません。
「まァ、じようだんぢやない。」と言ひますと、井戸屋はつんとして、
「だつて、かんがへてごらんな。あすこまでむす子と二人で荷上げ機械をよち/\かついでつて、それをすゑつけて、綱につかまつて二人で中へはいるんぢやないか。そればかりか、おまいさんをよろこばすかはりに、下手をまごつけァその犬にかみつかれるかもしれないんだ。じようだんでも何でもありやァしない。」と、つッぱなしました。
 おばあさんはぷり/\おこつてかへつて来ました。そしてローズに向つて、井戸屋が足もとを見て、にくたらしくふきかけたことを話しますと、ローズも目をまるくして、
「まあ、二円くれろつてんでございますか。」とびつくりしました。
「それよりも、おくさま、これからまいにち、あの犬に食べものをもつてつてやりませうよ。さうすればどうせ死ぬにも、苦しみがないでせうし。」と、ローズはつゞいてかう言ひました。
 おばあさんは、おゝ、それがいゝと、よろこんで、すぐにおほきなパンのきれへバタをつけたのをもつて、二人で出かけました。
 おばあさんは、そのパンを、こくめいに、小さくいくつにもちぎつて、
「さァピエロや、おたべよ。わたしだよ。ローズも来てゐるよ。」と言ひ/\、間をおいては一つ一つなげこみました。
「ピエロや、食べたかい、ピエロや。」とローズも、かはりばんこによびつゞけました。ピエロはありたけのパンをすつかり食べてしまふと、もつとくれといふやうにほえつゞけました。
 二人はその夕方も、もつて来ました。あくる日もいき、それから、まいにち一どづゝ、きまつて出かけました。
 そのうちに或《ある》朝、いつものやうに、パンの小ぎれをなげ入れようとする間ぎはに、とつぜん、穴の中からおそろしいうなりごゑがしました。よく聞きわけますと、中にはピエロのほかに、ずつと大きな犬が一ぴきゐるやうです。だれかゞまたなげこんでいつたものと見えます。ローズは、
「ピエロよ、ピエロよ。」とよびました。ピエロはその声をきいて、うれしさうにほえました。おばあさんはパンのきれをむしり/\してはなげこみました。すると、どうでせう、そのたんびに、おほきい方の犬がウワ※[#小書き片仮名ン、377−上−6]といふのと一しよに、ピエロは、ひどくかみつかれたやうに、キヤン/\なきたてるのです。
 パンは、ピエロよりも、うんとつよい、大きな一方の犬が、すつかり横どりをして食べてしまふらしいのです。
「ほい、ピエロよ。これはおまいのだよ。おまいお食べよ、いゝか。とられちやいけないよ。」と、ねんをおしてなげてやつても、やはりピエロはかみつかれて、キヤン/\いふだけで、もう一つの犬が食べてしまふやうでした。
「ちよッ、よさうよ、ローズ。人がなげこんだ犬にものをくれては、ひきあはないよ。これから方々の人が何びきすてにくるかしれないものを、それを一々わたしがやしなふことになつちやァたいへんぢやないか。さ、かへりませう。」と、おばあさんは、すつかりおこつて、のこつたパンのきれをもつたまゝ、ぷり/\してかへりました。そして、ふくれて歩き/\、そのパンをじぶんがもぐ/\食べました。人のいゝローズは、青い前かけの角で涙をふき/\ついてかへりました。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第五巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1926(大正15)年9月
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
2007年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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