さうだといふ気もちばかりでなく、何だか、ぞくりとこはくなつて、どんどんかけ出してかへりました。ローズが一さんにかけつゞけるので、おばあさんは、
「ローズ、おまちよ。まつてくれ、ローズ。」と言ひながら、いきをきらして走りつゞけました。
その晩おばあさんは、こはいゆめばかり見ました。おばあさんがテイブルにかけて食事をしようとして、スープ入れの深皿《ふかざら》のふたをとりますと、その皿の中から、ふいにピエロがとび出して、がくりと鼻先へかみつきました。
おばあさんはびつくりして目をさましました。するとピエロがギヤン/\ほえたてる声がします。おやとおもつて、じつと耳をすましますと、それは、じぶんの気のせゐだつたと見えて、もう何の音もきこえません。
おばあさんはまた眠りこみましたが、こんどは、いつの間にか、どこかの長い往来を歩いてゐました。いつても/\はてしのない、長い村道です。と、そのうちに、向うの方に、百姓がものをはこぶ、おほきなかご[#「かご」に傍点]が一つころがつてゐます。おばあさんは、何のわけともなく、そのかごへ近づいていくのがこはくて、ひとりでに足がちゞまつて来ました。
でも、しかたなくそばまで来ました。そして、そのかごのふたをあけて見かけるはずみに、中からふいにピエロがとび出して、片方の手にとッつかまりました。おばあさんはびつくりして、ふりはなさうともがきましたが、ピエロはどうしてもはなれません。おばあさんは、とう/\その小犬にぶら下られたまゝ、むがむ中でにげ出しました。
三
あくる朝おばあさんは、まだうすぐらいうちにおきました。そして、さつそくゆうべの穴のところへ出かけました。
いつて見ると、ピエロは、まだワン/\ほえてゐます。おそらく夜どうしほえつゞけて来たのでせう。
「おゝ/\、かはいさうに。ピエロよ。わたしがわるかつた。ゆるしておくれピエロよ。おゝ/\かはいさうに/\。」と、おばあさんは泣き/\よびかけました。すると、ピエロは、おばあさんの声を聞きわけて、こひしさうにクン/\言ひました。おばあさんは、ピエロをひき上げてやつて、もう死ぬまで、だいじに飼つてやらうときめました。
それで、すぐその足で、あの穴の粘土をほる井戸屋のうちへいつて、泣き/\わけをはなしてたのみました。井戸屋はわらひもしないで、すつかり聞いたのち、
「ふん、その犬をまたほしいといふんだね。それぢや二円お出しよ。」と言ひました。
おばあさんは二円と聞いて、びつくりしてとび上りました。これでは、もうピエロがかはいさうなも何もありません。
「まァ、じようだんぢやない。」と言ひますと、井戸屋はつんとして、
「だつて、かんがへてごらんな。あすこまでむす子と二人で荷上げ機械をよち/\かついでつて、それをすゑつけて、綱につかまつて二人で中へはいるんぢやないか。そればかりか、おまいさんをよろこばすかはりに、下手をまごつけァその犬にかみつかれるかもしれないんだ。じようだんでも何でもありやァしない。」と、つッぱなしました。
おばあさんはぷり/\おこつてかへつて来ました。そしてローズに向つて、井戸屋が足もとを見て、にくたらしくふきかけたことを話しますと、ローズも目をまるくして、
「まあ、二円くれろつてんでございますか。」とびつくりしました。
「それよりも、おくさま、これからまいにち、あの犬に食べものをもつてつてやりませうよ。さうすればどうせ死ぬにも、苦しみがないでせうし。」と、ローズはつゞいてかう言ひました。
おばあさんは、おゝ、それがいゝと、よろこんで、すぐにおほきなパンのきれへバタをつけたのをもつて、二人で出かけました。
おばあさんは、そのパンを、こくめいに、小さくいくつにもちぎつて、
「さァピエロや、おたべよ。わたしだよ。ローズも来てゐるよ。」と言ひ/\、間をおいては一つ一つなげこみました。
「ピエロや、食べたかい、ピエロや。」とローズも、かはりばんこによびつゞけました。ピエロはありたけのパンをすつかり食べてしまふと、もつとくれといふやうにほえつゞけました。
二人はその夕方も、もつて来ました。あくる日もいき、それから、まいにち一どづゝ、きまつて出かけました。
そのうちに或《ある》朝、いつものやうに、パンの小ぎれをなげ入れようとする間ぎはに、とつぜん、穴の中からおそろしいうなりごゑがしました。よく聞きわけますと、中にはピエロのほかに、ずつと大きな犬が一ぴきゐるやうです。だれかゞまたなげこんでいつたものと見えます。ローズは、
「ピエロよ、ピエロよ。」とよびました。ピエロはその声をきいて、うれしさうにほえました。おばあさんはパンのきれをむしり/\してはなげこみました。すると、どうでせう、そのたんびに、おほきい方の犬がウワ※[#小書
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