がゐました。そのケリムが、或日その町のフランスの領事館のそばをとほりかゝりました。そしてふと立ちどまつて、その建物の入口をじろ/\のぞいたり、窓を見上げたりして、しきりにくびをひねつてゐました。領事館の小使がそれを見て、どうしたのだと聞きますと、ケリムは、いやたいへんだ、この家《うち》の中には大きな毒蛇がどつさり住んでゐると言ひました。小使はびつくりしてそのことを領事のデラポールトに話しました。
 デラポールトは、もうそこにかなり永く住んでゐるのですが、これまでそこいらでむかで[#「むかで」に傍点]や、さそりといふ毒虫を見つけたことはありましたが、まだ毒蛇は、小さいのをすら、一ぴきも見たことがありません。ですから、その話をきいても、じようだんだらうと言つて、とり上げませんでした。しかし、そばにゐあはせた人たちは、だつて、もしほんとうに蛇がゐたらどうします、だれかゞ喰《く》ひつかれでもしたら、あとで悔んでも追ッつかないでせう、ともかく、その男に一おう見ておもらひなさいと、しきりにさう言ひました。
 それでデラポールトもその人たちにたいして、仕方なしに、ケリムをよび入れました。
 はいつて来たのは、ぶく/\した黒服に青いづきん[#「づきん」に傍点]をかぶつた、五十ぐらゐの年ぱいの、どことなく威げんのある、しごくまじめさうな男でした。ケリムはデラポールトのまへに出て来ると、胸の上に手の平をくみあはせて、ていねいにおじぎをしました。デラポールトは土地の人とかはらないくらゐ上手にアラビヤ語を話しました。
「いらつしやい。何だかこの家《うち》の中に毒蛇がゐるといふことだがほんとうですかね。」と聞きますとケリムはくびをかしげて、しばらくくん/\鼻をならした後、
「はい、をりますです。」と、しづんだ調子で言ひました。
「へえ? 毒蛇が?」
「はい。」とケリムは、ふたゝび鼻をくん/\言はせて、
「だいぶゐるやうです。少くとも六ぴきはをりますでせう。」
「ほゝう? ではつかまへてくれますか。」
「はい。私がよびますと、わけなく出てまゐります。」
「ふゝん? では、さつそくよび出して見て下さい。」
「はい/\。」とケリムはおじぎをして、ちよつとその部屋を出ていつたと思ひますと、間もなく仲間のものを三人つれてはいつて来て、四人で床の上にあぐらをかきました。そのうちに、ケリムのほかの三人はタ
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