れば、きつとくれます。
十二のびん[#「びん」に傍点]は、もらつたらすぐに口をお開けなさい。そして鐘だけもつてかへつていらつしやい。
しかしよく言つておくが、王さまの御殿を出てしまふまでは、けつしてその鐘は鳴らしてはいけませんよ。何かへぶつけてひとりでに鳴つてもいけないのだから、よく気をつけてね。
そして御殿を出て、戸口を少しはなれたら、お前のありたけの力を出して、その鐘を三べんおたたきなさい。分つたね。それでおまへの行つた用事はすむのです。」
お母さまはかう言つて、くはしくをしへました。
六
若ものはすぐにまるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝を一と枝をつて、湖水の中へとびこみました。すると、いつの間にか、数のしれないほど大ぜいの、おそろしいお化《ばけ》が、ぐるりとまはりをとりまきました。見ると、頭が三つあつて、火のやうな目がたくさん光つてゐる化物《ばけもの》や、頭の先の平つたいのや、円いのがゐるかと思ふと、顔だけ人間でからだが大きな/\大とかげになつてゐるのや、そのほか、馬の頭をつけた竜《りゆう》だの、草や木に巻きついて、それを片はしから食つてしまふやうな、動物見たいな藻草《もぐさ》だの、それは/\いろ/\さま/″\の大きなお化や小さなお化がうよ/\むらがつて、若ものをおそひにかゝりました。しかし若ものは少しもおそれないで、飛びかゝつて来るお化を片はしからまるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝でぽん/\なぐりつけました。するとお化どもは、みんなちゞみ上《あが》つて、どん/\にげてしまひました。
若ものはやがて黄色いすゐれんの花の中をとほりぬけて、水晶の御殿の廊下へ上《あが》つていきました。
すると、眠つてゐた小さな妖女《えうじよ》たちは、その足音にびつくりして、目をさまし、大あわてにあわてゝ王さまのところへしらせにいきました。
若ものは部屋/″\の戸口に番をしてゐる竜を、片はしから石にして、ずん/\王さまの寝室へ近づきました。王さまは、それを見るとたいへんに怒つて、
「何ものかツ。」と、どなりながら、手にもつてゐた金のむちで、いきなり若ものゝ顔をぶちました。
若ものは、すばやく身をかはして、まるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝でそのむちをたゝきおとしました。
すると、王さまはおそれて飛びのきました。王さまのそばについてゐた姉妹《きやうだい》二人の妖女は、若ものゝまへゝ来て膝《ひざ》をついて、
「どうぞおゆるしなすつて下さいまし。あすこのおくらには、金や銀やダイヤモンドや、ルービーや、珊瑚《さんご》や真珠が一ぱいはいつてをりますから、おいりになるだけお取り下さいまし。そしてもうどうぞ、このまゝおかへりになつて下さいまし。」
かう言つて、若ものをおくらへつれていきました。若ものは、
「私《わたし》はそんなものがほしくて来たのではない。それよりも、あすこの硝子《がらす》のはこにはいつてゐるびん[#「びん」に傍点]を下さい。」と言ひました。
妖女は仕方なしにその十二のびん[#「びん」に傍点]を出してわたしました。若ものはそれをうけとると、すぐに、片はしからびん[#「びん」に傍点]の口を開けました。するとその中から、たくさんの白い形をしたものが、うれしさうに大声をあげてさけびながら、どん/\飛び出して、御殿の外へかけ出しました。それは妖女たちがさらつて行つた人間のたましひ[#「たましひ」に傍点]でした。
二人の妖女は若ものゝきげんをとつて、どうぞこちらへ入らしつて、ごちそうをめし上つて下さいと言ひました。しかし若ものは、
「それよりもあなた方は、礼拝堂の鐘をこのくらにかくしてゐるでせう? 早くそれをこゝへお出しなさい。」と言ひました。
すると二人の妖女も、小さな妖女たちも、たちまちぶる/\ふるへながら、大声を上げて泣き出しました。妖女の王さまも、小さくなつて、がた/\ふるへ出しました。
でも、仕方がないので、二人の妖女は、とう/\その鐘を出してわたしました。若ものは、鐘のさびをきれいにふきおとして、いそいで御殿を出ていきました。そして、御殿から少しはなれるとすぐに、ありたけの力を出して、鐘をじやアんと鳴らしました。
すると、今までりつぱにたつてゐた水晶の御殿は、またゝく間に、音もたてずに、ほろ/\とくだけて、珊瑚の柱も、真珠の天井も、みんな粉になつて、水の底の砂の上にちつてしまひました。
若ものはつゞけてもう一つじやアんと鳴らしました。すると今度は、湖水中のお化や、すべての小さな妖女が、一どに湖水の底へきえてしまひました。
若ものが三度目にじやアんと鳴らしますと、二ひきのほそい銀色の魚が、くづれおちた御殿のまはりを、ぐる/\およぎまはりはじめました。それから一ぴきの大きなかうもり[#「かうもり」に傍点]が、こはれおちてゐる煙筒《えんとつ》の上へ来てとまりました。それは、二人の王女と、妖女の王さまとが、さういふ魚とかうもり[#「かうもり」に傍点]とになつてしまつたのでした。かうもり[#「かうもり」に傍点]になつたのは妖女の王さまでした。
七
若ものはそのまゝ鐘をもつて、いそいで岸へ上りました。
すると、さつきまでどん/\あふれてゐた湖水は、いつの間にか、もとのとほりに水が引いてゐました。若ものはそれを見て安心して、家《うち》へかへりかけますと、向うから、それは/\年を取つたよぼ/\のおぢいさんが出て来て、若ものゝ足下にひざをついて、ぽろ/\と涙をながしながら、いくどもいくどもお礼を言ひました。そのおぢいさんのくびには、これまで、例のふしぎな黒い牡牛《をうし》のくびにつけてあつた綱がまきついてゐました。
それは、鐘をぬすんで湖水へ投げこんだ、あの牛飼《うしかひ》でした。牛飼は、妖女《えうぢよ》の王さまの魔法にかゝつて、こんなよぼ/\のおぢいさんになるまで、永い間牛にされてゐたのが、若ものが鐘を鳴らしてくれたおかげで魔法がやぶれて、やつともとの人間にかへれたのでした。
若ものは、間もなく家《うち》へかへつて見ますと、だれだか知らない、年を取つたおばあさんがうれしさうに出て来て、
「おゝ、お前か。よく鐘を鳴らしておくれだつた。」と言ひ/\、若ものに頬《ほほ》ずりをしました。若ものはへんな顔をして家《うち》の中へはいつて、
「母さんはどこにゐます。」と、お父さんにたづねました。お父さんは、
「そら、あれがお前の母さんだよ。」と言ひながら、さつきのおばあさんのそばへつれていきました。
若ものはびつくりして、じろ/\とおばあさんの顔を見さぐりました。お父さんは、
「おまへがおどろくのは無理もない。じつはおまへの留守の間に、あのわか/\しかつた母さんが私《わたし》の見てゐる目のまへでずん/\年をとつて、とう/\こんなに、私と同じやうな年よりになつてしまつたのだ。
それからおまへが鳴らした、一ばんはじめの鐘の音が聞えると、母さんは、もう妖女ではなくてあたりまへの人間になつたのだ。これからは三人で楽しくくらしていきませう。」
かう言つて、手を合せて、なが/\と神さまにおいのりを上げました。
底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第二巻」文泉堂書店
1975(昭和50)年9月
初出:「湖水の鐘 世界童話集第六編」春陽堂
1918(大正7)年1月
※「妖女《えうぢよ》」と「妖女《えうじよ》」の混在は底本通りです。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年7月19日作成
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