きら/\光る着物を着て、くびに真珠のくびかざりをつけ、金の帯を結んでゐました。若ものはその美しい女を見ると、びつくりして笛をやめて、
「もし/\、妖女さん、こゝへ入らつしやい。どうぞ私《わたし》のお嫁になつて下さい。」とたのみました。妖女は、その若ものが、また海へしづむやうになつてはかはいさうだと思つて、
「さあ、早くあちらへおかへりなさい。私《わたし》たちは人間のお嫁になるわけにはいかないのです。第一人間は私たちの姿を見るものではありません。」と言ひました。若ものは、
「さう言はないで一しよに来てください。私《わたし》は一人でかへるのはいやです。」と言つて、そのまゝそこを動かうともしませんでした。妖女は、
「どうしてそんなに私《わたし》に来い/\とおつしやるのです。私のこの真珠のくびかざりがほしいのですか。さあ、これを上げませう。それともこの金の帯がおすきなのですか。それではこれも上げませう。」と言ひながら、その両方を、岸の上へ投げました。若ものは、
「いえ/\そんなものはいりません。私《わたし》はあなたがほしいのです。あなたのその珊瑚《さんご》のやうな口と星のやうなその青い目がすきなのです。私はあなたをもらつて、お母さまのところへつれてかへつて、小鳥のやうにだいじにして上げたいのです。」
 かう言つて、くびかざりや金の帯には見向きもしませんでした。妖女はこの若ものが好きになりました。それで急いで岸へ泳いで来て、両方の手をさし出しました。
 若ものはその手を取つて妖女を引き上げようとしました。
 妖女の王さまや、小さな妖女たちは、下からそれを見てびつくりして、あわてゝ水の中をかけて来て、もう少しのことで王女の足をつかまへようとしました。しかし妖女といふものは、人間の子をすきだと思ふと、たちまち妖女の魔力がなくなつてしまふのでした。ですから、若ものは、それなりやす/\とその妖女を岸へ引き上げて、お家《うち》へつれてかへりました。
 妖女の王さまや、小さな妖女たちは、だいじな王女が人間にさらはれてしまつたので、それはそれは悔しがつて、いきなり湖水のそこから、大きな/\大浪《おほなみ》を立てゝ、どん/\岸へぶつけ/\しました。大浪《おほなみ》はまるで悪魔のやうに荒れ狂つて、夜どほし、がう/\と岸へ乗り上げ、そこいらの森の立木《たちき》といふ立木を、すつかり引きぬいて持つ
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