笑い出しました。みんなは、あっけにとられて女の顔を見ました。ギンもびっくりして、あわてて肩に手をかけて、
「おい、何です。しずかにおしなさい。」と言いました。ギンはみんなの人にきまりが悪くて、ほんとうに顔から火が出るような気がしました。
「だって、うれしいじゃありませんか。赤ん坊はこれですっかりこの世の苦しみをのがれて、神さまのおそばへいくのですもの。」
 女はこう答えて、
「しかしあなたはこれでとうとう私を三べんおぶちになりました。ではさようなら。」と言うなり、さっさとそこを出ていってしまいました。
 女はそれから急いで家へかえって、湖水から出て来た羊と牛と山羊と馬と豚をよびあつめました。
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「灰色のぶちの牝牛《めうし》よ、
 大きなぶちの牝牛よ、
 小さなぶちの牝牛よ、
 白いぶちの牝牛よ、
 みんなここへお出《い》でなさい。
 芝生《しばふ》にいる、
 その四ひきもお出でなさい。
 それから灰色のお前も、
 王さまのところから来た、
 白い牝牛も、
 その小さい黒い小牛も、早くお出で。
 さあさあみんなでかえりましょう。」
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 こう言ってよびますと、そちこちで草を食べていた牛は、すぐに大急ぎで女のそばへあつまって来ました。四ひきの牝牛は畠《はたけ》をすいていました。女は、
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「おいおい、その灰色の牝牛たちよ、
 おまえもお家へかえるのだよ。」
[#ここで字下げ終わり]
と、その牛も呼びました。それから羊も山羊も馬も豚も、すっかりあつまって来ました。そしてみんなで列をつくって、女のあとについて、どんどん湖水の中へかえってしまいました。
 ギンは気狂《きちがい》のようになって、あとを追っかけていきましたが、もう女の姿も牛や羊や馬の影も見えませんでした。ひろびろとしたさびしい湖水の上には、ただ、四ひきの牝牛が引いていったすき[#「すき」に傍点]のあとが、一とすじ残っているばかりでした。
 ギンは悲しさのあまりに、そのままその湖水の中へ飛びこんでしまいました。
 のこされた三人の子どもは、こいしいお母さまをたずねて、毎日泣き泣き湖水のふちをさまよいくらしていました。すると女は或日《あるひ》水の中から出て来て三人をなぐさめました。
「おまえたちは、これから大きくなって、世の中の人たちの病気をなおす人におなりなさい。それにはお母さまが、いいことをおしえてあげるから、こちらへいらっしゃい。」
 こう言って、三人を或|谷間《たにま》へつれていき、そこに生《は》えている、薬になる草や木を一々おしえておいて、ふたたび湖水へかえりました。三人はそのおかげで、国|中《じゅう》で一ばんえらいお医者さまになり王さまから位《くらい》と土地とをもらって、一生らくらくとくらしました。そしてたくさんの人の病気をなおしました。



底本:「鈴木三重吉童話集」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年11月18日第1刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第二巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年
初出:「湖水の女」春陽堂
   1916(大正5)年12月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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