やがて大和《やまと》の吉野河《よしのがわ》の河口《かわぐち》へお着きになりました。そうするとそこにやなをかけて魚《さかな》をとっているものがおりました。
「おまえはだれだ」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で、名は贄持《にえもち》の子と申します」とお答え申しました。
それから、なお進んでおいでになりますと、今度はおしりにしっぽのついている人間が、井戸《いど》の中から出て来ました。そしてその井戸がぴかぴか光りました。
「おまえは何者か」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で井冰鹿《いひか》と申すものでございます」とお答えいたしました。
命《みこと》はそれらの者を、いちいちお供《とも》におつれになって、そこから山の中を分けていらっしゃいますと、またしっぽのある人にお会いになりました。この者は岩をおし分けて出て来たのでした。
「おまえはだれか」とお聞きになりますと、
「わたしはこの国の神で、名は石押分《いわおしわけ》の子と申します。ただいま、大空の神のご子孫がおいでになると承りまして、お供に加えていただきにあがりましたのでございます」と申しあげました。命は、そこから、いよいよ険《けわ》しい深い山を踏《ふ》み分けて、大和《やまと》の宇陀《うだ》というところへおでましになりました。
この宇陀には、兄宇迦斯《えうかし》、弟宇迦斯《おとうかし》というきょうだいの荒《あら》くれ者がおりました。命はその二人のところへ八咫烏《やたがらす》を使いにお出しになって、
「今、大空の神のご子孫がおこしになった。おまえたちはご奉公申しあげるか」とお聞かせになりました。
すると、兄の兄宇迦斯《えうかし》はいきなりかぶら矢を射《い》かけて、お使いのからすを追いかえしてしまいました。兄宇迦斯《えうかし》は命がおいでになるのを待ち受けて討《う》ってかかろうと思いまして、急いで兵たいを集めにかかりましたが、とうとう人数《にんずう》がそろわなかったものですから、いっそのこと、命をだまし討ちにしようと思いまして、うわべではご奉公申しあげますと言いこしらえて、命をお迎え申すために、大きな御殿《ごてん》をたてました。そして、その中に、つり天じょうをしかけて、待ち受けておりました。
すると弟の弟宇迦斯《おとうかし》が、こっそりと命《みこと》のところへ出て来まして、命を伏《ふ》し拝みながら、
「私の兄の兄宇迦斯《えうかし》は、あなたさまを攻《せ》め亡《ほろ》ぼそうとたくらみまして、兵を集めにかかりましたが、思うように集まらないものですから、とうとう御殿の中につり天じょうをこしらえて待ち受けております。それで急いでおしらせ申しにあがりました」と申しました。そこで道臣命《みちおみのみこと》と大久米命《おおくめのみこと》の二人の大将が、兄宇迦斯《えうかし》を呼《よ》びよせて、
「こりゃ兄宇迦斯《えうかし》、おのれの作った御殿にはおのれがまずはいって、こちらの命《みこと》をおもてなしする、そのもてなしのしかたを見せろ」とどなりつけながら、太刀《たち》のえをつかみ、矢をつがえて、無理やりにその御殿の中へ追いこみました。兄宇迦斯《えうかし》は追いまくられて逃げこむはずみに、自分のしかけたつり天じょうがどしんと落ちて、たちまち押《お》し殺されてしまいました。
二人の大将は、その死がいを引き出して、ずたずたに切り刻《きざ》んで投げ捨《す》てました。
命は弟宇迦斯《おとうかし》が献上《けんじょう》したごちそうを、けらい一同におくだしになって、お祝いの大|宴会《えんかい》をお開きになりました。命はそのとき、
「宇陀《うだ》の城《しろ》にしぎなわをかけて待っていたら、しぎはかからないで大くじらがかかり、わなはめちゃめちゃにこわれた。ははは、おかしや」という意味を、歌にお歌いになって、兄宇迦斯《えうかし》のはかりごとの破れたことを、喜びお笑《わら》いになりました。
それからまたその宇陀《うだ》をおたちになって、忍坂《おさか》というところにお着きになりますと、そこには八十建《やそたける》といって、穴《あな》の中に住んでいる、しっぽのはえた、おおぜいの荒《あら》くれた悪者どもが、命《みこと》の軍勢を討《う》ち破ろうとして、大きな岩屋の中に待ち受けておりました。
命はごちそうをして、その悪者たちをお呼びになりました。そして前もって、相手の一人に一人ずつ、お給仕につくものをきめておき、その一人一人に太刀《たち》を隠《かく》しもたせて、合い図の歌を聞いたら一度に切ってかかれと言い含《ふく》めておおきになりました。
みんなは、命が、
「さあ、今だ、うて」とお歌いになると、たちまち一度に太刀を抜《ぬ》き放って、建《たける》どもをひとり残さず切り殺してしまいました。
しかし命は、そ
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