櫛名田媛《くしなだひめ》と申します」とお答えいたしました。
 命は、
「それで三人ともどうして泣いているのか」と、かさねてお聞きになりました。
 おじいさんは涙をふいて、
「私たち二人には、もとは八人の娘《むすめ》がおりましたのでございますが、その娘たちを、八俣《やまた》の大蛇《おろち》と申します怖《おそ》ろしい大じゃが、毎年出てきて、一人ずつ食べて行ってしまいまして、とうとうこの子一人だけになりました。そういうこの子も、今にその大じゃが食べにまいりますのでございます」
 こう言って、みんなが泣いているわけをお話しいたしました。
「いったいその大じゃはどんな形をしている」と、命《みこと》はお聞きになりました。
「その大じゃと申しますのは、からだは一つでございますが、頭と尾《お》は八つにわかれておりまして、その八つの頭には、赤ほおずきのようなまっかな目が、燃えるように光っております。それからからだじゅうには、こけや、ひのきやすぎの木などがはえ茂《しげ》っております。そのからだのすっかりの長さが、八つの谷と八つの山のすそをとりまくほどの、大きな大きな大じゃでございます。その腹《はら》はいつも血にただれてまっかになっております」と怖ろしそうにお話しいたしました。命は、
「ふん、よしよし」とおうなずきになりました。そして改めておじいさんに向かって、
「その娘はおまえの子ならば、わしのお嫁《よめ》にくれないか」とおっしゃいました。
「おことばではございますが、あなたさまはどこのどなただか存じませんので」とおじいさんは危《あや》ぶんで怖る怖るこう申しました。命は、
「じつはおれは天照大神《あまてらすおおかみ》の同じ腹《はら》の弟で、たった今、大空からおりて来たばかりだ」と、うちあけてお名まえをおっしゃいました。すると、足名椎《あしなずち》も手名椎《てなずち》も、
「さようでございますか。これはこれはおそれおおい。それでは、おおせのままさしあげますでございます」と、両手をついて申しあげました。
 命は、櫛名田媛《くしなだひめ》をおもらいになると、たちまち媛をくしに化けさせておしまいになりました。そして、そのくしをすぐにご自分のびんの巻髪《まきがみ》におさしになって、足名椎《あしなずち》と手名椎《てなずち》に向かっておっしゃいました。
「おまえたちは、これからこめをかんで、よい酒をどっさり作れ。それから、ここへぐるりとかきをこしらえて、そのかきへ、八《や》ところに門をあけよ。そしてその門のうちへ、一つずつさじきをこしらえて、そのさじきの上に、大おけを一つずつおいて、その中へ、二人でこしらえたよい酒を一ぱい入れて待っておれ」とお言いつけになりました。
 二人は、おおせのとおりに、すっかり準備をととのえて、待っておりました。そのうちに、そろそろ大じゃの出て来る時間が近づいて来ました。
 命は、それを聞いて、じっと待ちかまえていらっしゃいますと、まもなく、二人が言ったように、大きな大きな八俣《やまた》の大蛇《おろち》が、大きなまっかな目をぎらぎら光らして、のそのそと出て来ました。
 大じゃは、目の前に八つの酒《さか》おけが並《なら》んでいるのを見ると、いきなり八つの頭を一つずつその中へつっこんで、そのたいそうなお酒を、がぶがぶがぶがぶとまたたくまに飲み干《ほ》してしまいました。そうするとまもなくからだじゅうによいがまわって、その場へ倒れたなり、ぐうぐう寝《ね》いってしまいました。
 須佐之男命《すさのおのみこと》は、そっとその寝息《ねいき》をうかがっていらっしゃいましたが、やがて、さあ今だとお思いになって、十拳《とつか》の剣《つるぎ》を引き抜《ぬ》くが早いか、おのれ、おのれと、つづけさまにお切りつけになりました。そのうちに八つの尾《お》の中の、中ほどの尾をお切りつけになりますと、その尾の中に何か固《かた》い物があって、剣の刃先《はさき》が、少しばかりほろりと欠けました。
 命《みこと》は、
「おや、変だな」とおぼしめして、そのところを切り裂《さ》いてご覧になりますと、中から、それはそれは刃の鋭い、りっぱな剣が出て来ました。命は、これはふしぎなものが手にはいったとお思いになりました。その剣はのちに天照大神《あまてらすおおかみ》へご献上《けんじょう》になりました。
 命はとうとう、大きな大きな大じゃの胴体をずたずたに切り刻《きざ》んでおしまいになりました。そして、
「足名椎《あしなずち》、手名椎《てなずち》、来て見よ。このとおりだ」とお呼《よ》びになりました。
 二人はがたがたふるえながら出て来ますと、そこいら一面は、きれぎれになった大じゃの胴体から吹き出る血でいっぱいになっておりました。その血がどんどん肥《ひ》の河《かわ》へ流れこんで、河の水もまっか
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