パンをどっさりやりました。」
「毒蛇と竜の前は?」
「みんなが寝ているときにとおりました。」
「あなたは一たい何《なん》のためにここへ来たのです。」
「じつは私《わたくし》の王さまが、ぜひあなたを王妃にしたいと仰《おっしゃ》いますので、はるばるお迎いにまいりましたのです。どうか私と一しょにいらっして下さいまし。」とウイリイは言いました。王女は、
「それでは明日《あす》一しょに立ちましょう。しかし、とにかく、あちらへいって御飯をたべましょう。」と言いました。ウイリイは、王女の後《あと》について立派な大きな広間へとおりました。そこには、ちゃんといろんな御ちそうのお皿《さら》がならんでいました。
 ウイリイは犬からよく言われて来たので、一ばんはじめの一皿だけたべて、あとのお皿へはちっとも手をつけませんでした。
 御飯がすむと、王女は方々の部屋々々を見せてくれました。何を見てもみんな目がさめるような美しいものばかりでした。けれども、ふしぎなことには、これだけの大きなお城の中に、さっきまで鳥になっていたこの王女のほかには、だれひとり人がいませんでした。
 王女は、しまいに立派な寝室へつれて行って、
「ここにある寝台《ねだい》のどれへなりとおやすみなさい。」と言いました。ウイリイはそれをことわって、門のそばへいって犬と一しょに寝ました。
 あくる朝、ウイリイは王女のところへ行って、
「どうぞ一しょにお立ち下さいまし。」とたのみました。王女は、
「いくにはいくけれど、それより先に、ちょっとこの絹糸のかせ[#「かせ」に傍点]の中から、私《わたくし》を見つけ出してごらんなさい。」
 こういって、じきそばのテイブルの上に、色んな色の絹糸のかせ[#「かせ」に傍点]がつんであるのを指《ゆびさ》したかと思うと、いきなり姿を消してしまいました。
 ウイリイはちゃんと犬から教わっているので、ほかのかせ[#「かせ」に傍点]より心持《こころもち》色の黒いのをより出し、ポケットからナイフを出して、そのかせを二つにたち切ろうとしました。そうすると、王女はあわてて姿をあらわして、
「それを切られると私の命がなくなります。よして下さい。」とたのみました。
 王女は、それから、ウイリイをもう一度|昨日《きのう》の広間へつれて行って、一しょに御馳走を食べました。ウイリイは犬から言われているとおりを守って、今度は一ばんしまいのお皿だけしか食べませんでした。
 王女は、しまいにまた昨日のように、寝室の寝台のどれかへおやすみなさいとすすめましたが、ウイリイは、やはりそれをことわって、犬と一しょに門のそばへ寝ました。
 そのあくる朝、ウイリイは、
「今日《きょう》はどうか一しょに立って下さいまし。」と王女に言いました。王女は、
「では、その前にこのわら[#「わら」に傍点]の中から私をさがし出してごらんなさい。」と言って、一たばのわらの中へ体をかくしてしまいました。ウイリイはその中からほかのよりも少し軽いわらしび[#「わらしび」に傍点]をより出してまたナイフで切るまねをしました。王女はびっくりして姿を現わして、
「そのわらを切られると私の命がなくなるのですから。」と言ってあやまり、
「それでは、もういきましょう。」と言いました。
 王女は部屋々々の戸へ一つ一《びと》つ鍵《かぎ》をかけて廻《まわ》りました。それから一ばんしまいに、入口の門へも錠前《じょうまえ》を下《おろ》しました。そして、それだけの鍵をみんな持って、ウイリイと一しょにお城を立ちました。
 二人は長い長い道を歩いて、やっと海ばたへ着きました。船はすぐに帆を上げて、もと来た大海《おおうみ》へ引きかえしました。王女はその途中で、お城から持って来た鍵のたばを、人に知れないように、海の中へなげすてました。犬はそれを見て、こっそりとウイリイに話しました。
 ウイリイはすぐに魚にたのんで、鍵をさがしてもらいました。魚たちは、いきがけにうじ虫をたくさんごちそうしてもらったものですから、そのお礼に、みんなで一しょうけんめいに海の底をさがしました。
 けれどもひろいひろい海ですから、なかなか見つかりませんでした。魚たちは血眼《ちまなこ》になって走りまわりました。そして、やっとしまいにのこぎり[#「のこぎり」に傍点]魚《うお》が鍵のたばを口にくわえて出て来ました。鍵は海の底の岩と岩との間へ落ちこんでいたのでした。のこぎり魚はそこへ無理やりに首を突っこんで引き出したものですから、すっかりあご[#「あご」に傍点]をいためてしまいました。ですからその魚のあご[#「あご」に傍点]は、今だに長短《ながみじ》かになっています。
 ウイリイはその鍵を受取って、王女に知られないようにかくしておきました。
 船は長い間かかってようようもとの港へ着きました。
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