傍点]にまかれて、くるくる/\と、まはり花火のやうにまはりました。
 兵たいは息もつけないで、一生けんめいにボウトにかぢりついてゐました。と、たちまちボウトの中へは水が一ぱいはいりました。兵たいはびつくりして、からだをのし上げてゐますと、ボウトはそれなりぶく/\としづみかけました。水はもう兵たいの頭の上まで来ました。兵たいの目にはもう二度と見られない、あの踊の女の人の顔が浮びました。と思ふと、どこからか、
[#ここから2字下げ]
「ぶく/\ぶく/\、
どん/\しづめよ。
死ぬんだ/\、
ぶく/\ぶく/\。」
[#ここで字下げ終わり]
と、だれかゞ、うれしさうにうたつてゐる声が聞えました。
 そのはずみに、もうどろ/\になりかけた紙のボウトは、ふいに二つにとけ割れました。
 兵たいは、それと一しよに、ぶく/\と泥水の下へしづみました。するとそこへ大きな魚がひよいと出て来て、兵たいをがぶりと一のみにのみこんでしまひました。一本足の兵たいは、
「おや、へんなところへ来たぞ。」と思ひました。
 そこは、さつきのトンネルの中よりももつと/\暗いところでした。そして足や鉄砲がそこいらへつかへて、きゆうくつでした。しかし兵たいは、どうなりと勝手になれと、もう度胸をすゑて、鉄砲の台をかたくにぎつたなり、からだをつきのばして、ふんぞりかへつて寝ころんでゐました。
 魚は兵たいを飲みこんだまゝ、そつちこつちと、いきほひよくはねまはりました。


    三

 兵たいはどれだけの間さうして寝ころんでゐたでせう。しまひに、上からばたんとなぐりつけるやうなひゞきがつたはりました。間もなく、いなびかりのやうに、目の前がぱつと明るくなりました。それと一しよに、だれか女の人の声で、
「あら、こんな兵たいがはいつてゐた。」と、さもめづらしさうにさわぎたてました。それは或家《あるうち》の女の料理人でした。
 魚はいつのまにか漁師のあみにかゝり、市場へ売られて、しまひにこの家《うち》の台所へ来たのです。女の料理人は、笑ひながら、その一本足の兵たいを、おや指と人さし指でつまんで、ほかのお部屋へもつていきました。みんなは、わい/\言ひながら、そのめづらしいほり出しものを見に来ました。一本足の兵たいは、きまりの悪い顔をして、されるまゝになつてゐました。
 そのうちに、だれかゞその兵隊をテイブルの上へおきました。兵隊はそつとあたりを見まはしました。
 すると、ふしぎなこともあればあるものです。そのテイブルはこの一本足の兵たいが先にのつかつてゐた、あの同じテイブルではありませんか。
 むろん、部屋も同じ部屋でした。それから同じ坊ちやんがそばにゐました。そしてテイブルの上には、先《せん》と同じ仲間が、ちやんとそのまゝそろつてゐました。踊《をどり》の女の人はやつぱり同じやうに入口の石段の上に立つて、両手をたかくさしあげて、一本足で踊つてゐました。
 一本足の兵たいは、うれしくて/\、思はず錫《すず》の涙がこぼれさうになりました。でも兵たいですから、涙なんぞを見せるわけにはいきません。一本足の兵たいは、だまつて、ぢいつと踊子《をどりこ》の顔を見てゐました。踊の女は何にも言はないで、だまつてこちらを見てゐました。
 そのうちに坊ちやんが、ふいにその兵たいをつかんで、いきなりストーヴの中へなげこんでしまひました。兵たいは、
「あつ。」とびつくりしました。これもやはりあの黒い鬼のさせたことにちがひありません。兵たいはだまつてぢつとしてゐました。
 でも赤焼けになつた石炭の中へなげこまれたのですから、たちまちじり/\と、からだ中が焼けたゞれて来ました。兵たいの顔色はまつ青《さを》になつてしまひました。
「あゝ、とう/\これなり焼け死ぬのか。」と思ひながら、向うのテイブルの上の踊の女の人を見つめてゐました。踊の女の人も、ぢつと兵たいを見てゐました。
 と、坊ちやんはふいに踊の女の人を石段の上からひつぺがして、いきなり、また、ぽんとストーヴの中へなげこみました。女の人はづしんと一本足の兵たいのそばまで来たと思ひますと、たちまち頭から足の先まで、ぼう/\ともえ上つてしまひました。
 あくる朝、女中がストーヴの灰をかきに来ました。するとその灰の中から、ハートのやうな形をした錫《すず》のかたまりが出て来ました。それからまつ黒こげになつた、ばらの飾りのボール紙も出て来ました。その黒こげのボール紙は、あの踊の女が、きのふまでこの世にゐたといふ、たつた一つのしるしでした。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第三巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1919
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