出しました。
「おい/\一本足の兵たい、おまへは何をじろ/\見てるんだい。柄でもない。よせ/\。だれがお前なぞと仲よしになるものか。」
黒い鬼はかう言つて鼻で笑ひました。一本足の兵たいは、鬼のいふことなんかちつとも聞えないやうに、平気で踊を見てゐました。
「ふゝん、勝手にしろ。だが明日《あした》の朝になつておどろくな。」
黒鬼はそれを見て、ぷん/\怒つてかう言ひました。
二
そのあくる朝が来ました。
坊ちやんはのこ/\出て来て、れいの一本足の兵たいをお部屋の窓のところへ立たせました。すると、それは黒鬼のしたことか、それとも風のせいか、その窓のがらす戸がふいにがたんとはねあきました。そのはずみに一本足の兵たいは、いきなりぽんとはねとばされて、その三階の窓から、下の往来の石だたみの上へ、まつさかさまに落ちました。くる/\/\、すとん。
「おゝ、いたゝ。」
兵たいのかついでゐた鉄砲の先は、しき石の間へぐいとつきさゝりました。坊ちやんは、
「あッ。」と言つて、ねえやと二人で、往来へ下りていきました。
二人は一本足の兵たいを一生けんめいにさがしました。兵たいは二人のぢき足もとに落ちてゐるのでした。二人はもうすこしでそれをふみつけるところでした。それでもとう/\その兵たいが見つけ出せませんでした。一本足の兵たいは、
「もし/\、こゝにゐます。こゝに」と泣き声を出しかけました。しかし軍服を着た兵たいが往来で泣いたりしては見つともないので、むりにがまんして、口をくひしばつてゐました。そのうちにふと雨がばら/\落ち出しました。間もなく雨はざあ/\と、どしやぶりになつて来ました。
その雨がやつと上ると、小さな男の子が二人とほりかゝりました。
「あゝ、あすこにあんな兵たいが落ちてら。あれをボウトに乗せて走らしてやらうね。」と、二人はかう言つて、さつそく新聞紙ををりたゝんで、小さなボウトをこしらへました。
往来のわきのどぶには、泥《どろ》の雨水がどん/\流れてゐました。二人の子どもは、紙のボウトへ一本足の兵たいを乗せて、それをどぶ[#「どぶ」に傍点]へ流しました。そして二人で手をたゝきながら、わい/\言つて、ついて走りました。水はすばらしい勢《いきほひ》で流れました。とき/″\大きな浪《なみ》がづしんとゆれました。そのたびにボウトはくる/\まはつて、今にもひつくりかへりさうになりました。一本足の兵たいはびつくりして、ぶる/\ふるへてゐました。しかし兵たいですから、がまんして、こはいなぞといふことは顔色にも出さないで、ちやんと鉄砲をかついで、一つところをにらみつけてゐました。
そのうちに、ボウトは、急に地面の下のトンネルの中へかけこみました。そこはまるで箱の中にはいつたやうにまつ暗でした。ボウトはその暗がりの中を、浪にもまれてどん/\走つていきました。
「おや/\、一たいどこへもつていかれるんだらう」と、一本足の兵たいはびく/\しながら乗つてゐました。
「これもみんなあの黒鬼がさせたことだ。ほんとにあいつはひどい奴《やつ》だ。あの踊《をどり》の女の人と二人で乗つてゐるのなら、この暗がりがこの二倍暗くても平気なんだけれど。おつと、あぶない。おゝ、もう少しで引つくりかへるところだつた。」
一本足の兵たいは青くなつてちゞこまつてゐました。すると、ふいにその地の底のどぶ[#「どぶ」に傍点]の中に住んでゐるどぶ鼠《ねずみ》が、
「おい、兵たいまて。」と、どなりました。
「こら/\通行券を見せろ。おいこら、通行券を見せろつてば。」
しかし一本足の兵たいは、だまつて鉄砲の台をにぎつてゐました。ボウトは、かまはずどん/\走つていきます。鼠《ねずみ》は怒つて追つかけて来ました。
「おゝい、あいつをつかまへてくれ。つかまへてくれ。通行税をはらはないでにげたんだ。通行券なしでとほつたんだ。」
鼠はかう言つて、ボウトのそばを流れてゐる、木の片《きれ》やわらくづにかせいをたのみました。
さうかうしてる間に、流れはいよ/\急になつて来ました。ボウトは目がまはるほど早く走りました。と、やがて向うに外の明るみが見え出しました。一本足の兵たいは、
「おや、うまいぞ。もうあかるいところへ出たぞ。」と思ふとたんに、ごう/\/\と、耳がつぶれるほどの大きなひゞきがつたはつて来ました。それは、どぶがもうぢきおしまひになつて、下の大きなほりわりの中へ、泥水《どろみづ》がどうと落ちこむ音でした。
そこへ来ると、水は大きな滝《たき》になつて、まつさかさまに落ちこんでゐました。兵たいのボウトは、あつといふ間にその滝のま上へ来て、泥水のしぶきと一しよに、どぶんとほりわりへさかおとしに落ちこみました。兵たいは、びしやりと水をかぶつたと思ひますと、うづ[#「うづ」に
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