さが》りかけました。私たちは、そんなきたない考《かんがへ》から出立したのではありません、金なぞは一さいもらはない条件ならばおひきうけしますと、二人はふりかへつて言ひました。リード氏は、顔を赤らめて直立し、帽子をぬいで、
「紳士《しんし》たちよ、私《わたし》は二人にお礼をいひます。」と言つて頭を下げました。兵卒のことは、だれでも、たゞ、「マン」と言つて「ゼントルマン」とは言はないのです。この二人の勇者のぎせいのおかげでリード氏の研究がすつかりたしかめられたのです。二人とも、そのために死んだかどうか、そこははつきりしてゐませんが、要するに、人間全たいのためには、神さまにひとしい、りつぱな救ひ手であつたと言はなければなりません。


    三

 で、お話は運河にかへりますが、アメリカ政府はフランスの技師が失敗したあと、最後に自国のゴーガスといふ大佐を総指揮者に任命し、はじめに、三万人の従業者をつのり、ついで四万人を増し、しまひには五万人もふやして、開さくにあたらせました。ゴーガス大佐は、もと/\医者出の人でしたので、今言つたロッス少佐やリード氏の発見からをしへられた以上、もう、こんどは根本に工夫たちの中からマラリアや黄熱病の患者は一人も出さない計画をたてました。つまり同地方からすべての蚊を一ぴきのこさずほろぼしつくせば、いふことはないのです。
 運河の工事の全線は四十八マイルですが、大佐はその両側面五マイルづゝ、つまり長さ四十八マイル幅十マイルの地帯、面積にして四百八十平方マイルの地域内の、あらゆるくさつた水たまりやどぶを干しかわかし、湖水のたまり水をどん/\海にはかし、流しほせない沼なぞには、どつさり石油を流しこんで蚊の発生をふせぎにかゝりました。いふまでもなく、蚊はきたない水の中に卵をうむのです。石油を流すと、それが卵からかへ[#「かへ」に傍点]つた幼虫の呼吸器の中にはいり、いきがつまつて死んでしまふわけです。
 リード氏はこの大地帯の中に工夫たちのかたまつてゐる村を四十か所に作りました。そして、そのすべての家々には、窓へすつかり金網を張らせ、水のはいつてゐるものには一々ふたをさせました。それから工夫たちをはこぶ列車にもこと/″\く金網をはらせました。それと同時に、各村ごとに健康診断をしてまはる医者隊、こはれた窓や金網のやぶれをなほしてあるく隊、たまり水へ石油をま
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