の中を、人に分らないように、そっと下から掘り開《あ》けて、その中へ秘密の部屋をこしらえました。そしてそこへ、牢屋から罪人の話し声がつたわって来るような仕かけをさせて、いつもそこへ這入《はい》ってじいっと罪人たちの言ってることを立ち聞きしていました。
 それから、自分の寝室へは、だれも近づいて来られないように、ぐるりへ大きな溝《みぞ》を掘りめぐらし、それへ吊橋《つりばし》をかけて、それを自分の手で上げたり下《おろ》したりしてその部屋へ出這入《ではい》りしました。
 或《ある》とき彼は、自分の顔を剃《そ》る理髪人が、
「おれはあの暴君の喉《のど》へ毎朝|髪剃《かみそ》りをあてるのだぞ。」と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかかえないで、自分の娘たちに顔を剃らせました。しかし後には、自分の子が髪剃《かみそり》を持ってあたるのさえも不安心でならなくなりました。それでとうとう鬚《ひげ》を剃るのをやめて、その代りに、栗の殻《から》を真赤に焼かせて、それで以て、娘たちに鬚を焼かせ焼かせしました。
 或日彼は、アンティフォンという男に向って、真鍮《しんちゅう》はどこから出るのが一番いいかとたずねました。すると、アンティフォンは、
「それはハーモディヤスとアリストゲイトンの鋳像のが一ばん上等です。」と答えました。ディオニシアスは愕《おどろ》いて、忽《たちま》ちその男を殺させてしまいました。ハーモディヤスとアリストゲイトンの二人は、希臘《ギリシヤ》のアゼンの町の勇士で、そこの暴君のピシストラツスという人の子供らを切り殺した人たちです。この二人の像がアゼンに立っていました。アンティフォンは大胆にもそれを引き合いに出して、ディオニシアスにあてつけを言ったのでした。
 また或とき、ディオニシアスは、友人のドモクレスという人が、たった一日でもいいから、ディオニシアスのような身分になって見たいと言って羨《うらや》んだということを聞き出しました。それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香料や、音楽をそなえた、それはそれは、立派なお部屋にとおし、出来るかぎりのおいしいお料理や、価のたかい葡萄酒を出して、力いっぱい御馳走《ごちそう》をしました。
 ドモクレスは大喜びをしま
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