屋の店先で番をしました。あたりの犬たちが出て来て、店の中へもぐりこもうとでもしますと、やせ犬はうゝうときば[#「きば」に傍点]をむいておいまくり、うろんくさい乞食《こじき》が店先に立つと、わんわんほえておいのけてしまいます。それはなかなか気がきいたものです。とおりに何かへんな物音がすると、すぐにとんでいって、じいっと見きわめをつけ何でもないとわかればのそのそかえって、店先にすわっているという調子です。
 日がはいると、肉屋はくちぶえをならしてよび入れました。そして、やさしく背中をたたいたあとで、大きな肉のきれをなげてやりました。ところが犬はそれをたべないで、口にくわえて外《そと》へ出てしまいました。そして、どんどん走って、きのうのとおりに、町かどの向うへかき消えてしまいました。
「何だ。」と肉屋は、すっぽかされたような気がしました。しかし、あんなにおれになついて、一日中《いちんちじゅう》番をしていたくらいだから、夜になったらまたかえって来るかも知れないと思いながら、それとはなしにまっていましたが、夜おそくなっても、犬はそれなりとうとうかえって来ませんでした。
「やっぱりのら犬はのら犬だ。一ぺんでいっちまやがった。」と、肉屋は寝がけに一人ごとを言いました。
 ところが、あくる朝、店のものが戸をあけますと、犬は、もうとくから外へ来てまちうけていたように、ついと店へはいって、うれしそうに尾をふって肉屋のひざにとびつきました。
「よし/\/\。分ったよ/\。」と肉屋は犬の両前足をにぎって、外のたたきの方へつれていきました。犬はそれからまた一日中、店先にいて、一生けんめいに番をしました。肉屋は夕方になると頭をなでて、きのうのとおりに、大きな肉のきれをやりました。ところが犬は、やはりそれを食べないで、口にくわえたまま、またどこかへいってしまいました。そしてあくる朝はまたちゃんと出て来て、店の番をしました。
 とうとう一週間たちましたが、犬は毎日同じように、もらった肉を食べないでもっていきます。肉屋は、一たいああして肉をくわえてどこへもっていくのだろう、一日中おれのところにおりながら、どうして夜はきまって、ほかのところで寝るのだろうと、店のものたちと話し合いました。
「おいおい、きょうもまた食わないでもってったよ。一つあとをつけてって見よう。来な。」と、肉屋は或日《あるひ》店のものの一人をつれて、ついていきました。夕方は人どおりも少ないために、肉屋と店のものとは、犬のすがたを見失うこともなく、歩いたり走ったりして、どんどんついていきました。
「何だ。どこまでいくんだろう。え、おい。ずいぶん遠くまで来たじゃないか。」
 犬はまだどんどんいって、とうとう町のはずれまで来てしまいました。そこには、ばらばらに小さい家が建ちぐさったりしている、どすぐろい、ひろい砂地がありました。そのあたりは、冬は風がはげしくて、砂がじゃりじゃり家々の窓や、とおる人の顔へふきとんで来ます。
「おお、ひどい砂だ。」と言いながら、肉屋は犬のあとから、そこのところをななめにつッきってかけていきました。犬は肉屋たちがおっかけて来ていることには気がつかないらしいのです。そしてそこいらの或|小家《こいえ》のところまで来ますと、さもかえるところまでかえったというように、その家のうしろの方へのそのそはいっていきました。
 肉屋たち二人は、そっといってのぞいて見ました。家のうしろは、ちょっとした空地《あきち》で、まん中に何かをたてようとした足場らしいものが、くずれかけたまま、ほうりっぱなされており、ぐるり一面にはごみ[#「ごみ」に傍点]くずや、いろんなきたならしいものが、ごたごたすててあります。犬はその空地の片すみにころがっている、底も天井もぬけた、古ぼけた穀物だる[#「だる」に傍点]の口もとにすわりこみました。たるの中には、かんなくずや砂なぞがくしゃくしゃにはいっています。そのかんなくずの上に、何《なん》だかしゅろ[#「しゅろ」に傍点]であんだ、ぼろぼろの靴《くつ》ぬぐいをまるめ上げたような、そういう色とかっこうをしたものがころがっています。犬は、そのへんなもののまえに、くわえて来た肉のきれをおいて、くんくんなきつづけました。しかしそのへんなものが動き出しもしないので、犬はたまりかねたように、前足をあげて、おい、おきろ/\と言わないばかりにつッつきました。
 すると靴ぬぐいのようなものは、むくむくと半《なかば》たち上って、よろよろと肉のきれのそばへ来て、たおれるように腹ばいました。栗色をした、よぼよぼの犬です。病気でひどくよわっていると見えて、やせ犬のくれた肉のきれをものうそうに二、三どなめまわしましたが、それを食べる力もないように、そのままぐんなりと顔を下げてしまいました。こちらの
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