「どうしたんだ。」と、町中のものや通行人たちがどやどやかけつけて来ました。
「こいつらがおれんとこのあの犬を、二ひきともひっくくりゃァがったんだ。下《お》りろ、きさま。」と肉屋は巡査の足をつかまえて、むりやりに引きずり下《おろ》しました。人々はみんな、あの二ひきの犬の同情者であるのは言うまでもありません。みんなは、
「なぐれなぐれ。」と言って、巡査をとりかこみました。そのうちに、気の早い男が、大きな大《おお》おの[#「おの」に傍点]をかかえて来て、がちゃん/\と馬車をこわしはじめました。巡査はみんなにつきとばされ、けりつけられて、よろよろしながら、そばの或店の中へにげこみました。その間《あいだ》に、またある一人が鉄の棒をもって来て、がちゃんがちゃんと馬車をたたきつけ、とうとうふたりで鉄ごうしをやぶってしまいました。中の犬たちはおおよろこびでとび出して、八方へにげていきました。肉屋の二ひきの犬は肉屋の足もとへとんで来て、くんくん言ってよろこびました。
こんなさわぎがあってから、二、三年の後《のち》です。ふたりは、やはり毎日一しょに出て来ましたが、そのうちに、もと病犬だった方は、だんだんに皮《ひ》ふ[#「ふ」に傍点]のつやがなくなり、のちには、あばら骨がかぞえられるほどやせて来て、食べものもろくに食べなくなり、店先へ出て来ても、ただ一日じゅう、しき石の上にごろりとなったきりで、ときには、何時間となく、こんこんと眠りつづけています。目も急にかすんで来たようです。肉屋はくびをかしげて考えました。
夕方になると、その犬は、もうひとりの犬について、よちよちと寝どころへかえっていきます。ところが或とき、犬は一ぴきだけ来て、そのやせた犬は一日《いちんち》すがたを見せない日がありました。出て来た方は、夕方になると、もらった肉のきれを食べないでくわえてかえりました。
「ふふん、とうとうまた寝ついてしまったな。」と言い言い、肉屋は、あとからついていって見ました。犬の寝場所は、もとのところは、家でもたちつまっておいたてられたと見えて、先《せん》とはちがった場末《ばすえ》の、きたない空地《あきち》にうつっていました。病犬は、そこにころがっている古《ふる》材木の下にこごまって、苦しそうに腹でいきをしていました。
肉屋は、あくる日、大きなあきだる[#「だる」に傍点]をもって来て、わらをどっさり入れて、小屋がわりにおいてやりました。そのあくる日は、どうしたものか、じょうぶな方の犬も出て来ません。肉屋はへんだとおもっていって見ますと、じょうぶな方の犬はたる[#「たる」に傍点]のまえにすわって、中にいる病犬の見はりをしていました。
「おい、どうしたい。」と、そのくびをなでたのち、
「これこれ、おれだよ。おきないか、おい。」と言って、中の犬をよびました。しかし犬は、目もあけないで、ぐんなりしているので、肉屋はひきおこしてやろうと思って、手をのばして、からだにさわりましたが、いきなり、あッと言って手を引っこめました。犬は、もう死んでつめたくなっていたのです。
肉屋は、そこいらの片すみへ穴をほって、おお/\、かわいそうに/\と言い言い、死がいをうめてやり、その上へ土をもり上げました。もうひとつの犬は、かなしそうに、くんくんなきなきうろうろしていました。
その翌《あく》る日、肉屋は、のこった犬をその空地《あきち》へかえさないようにして、すべてをわすれさせてやろうと思って、じぶんの家のうら手へきれいなわら[#「わら」に傍点]をしいたはこ[#「はこ」に傍点]をすえてやりました。しかし犬はどうしてもそこへ寝ないで、かえっていきます。ときには、もらった肉を、そのままくわえていくこともありました。へんだと思って、そのつぎの日についていって見ますと、きのうもってかえった肉は、そのままたる[#「たる」に傍点]のまえにころがっていました。犬は、ときどきあの犬がなくなってしまったのをわすれて、ものを食べさせようと思ってはもってかえるものと見えます。店先へ来ている間《あいだ》も死んだ犬と同じ毛色の犬がとおりかかると、いそいでとび出して、じろじろ見ていますが、間ちがったとわかると、さもがっかりしたように、しおしおとひきかえして来ます。
犬はその後《のち》、だんだんにやせて元気がなくなって来ました。出て来ても、これまでのように、店の番もせず、何かなくしたものをさがすように、そこいらをまわって歩いたり、からになったような目つきをして、ものうそうに一つところを見つめていたりします。毛色も目立って灰色になり、皮ふ[#「ふ」に傍点]がたるんで、だんだんにあばら骨まで見えて来ました。肉屋は、そのすべてが、みんなあの犬をうしなったかなしみから来ているのだと思うと、かわいそうでたまりませんでし
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