《とあし》ばかりあるけるやうになつてゐました。そのときには、すゞちやんを見たい/\と言つておほさわぎをしてゐられた曾祖母《ばあばあ》も、もうこちらへ来ていらつしやいました。
 或日、すゞちやんは、よち/\とおすだれのそとへかけて出ました。あき子叔母ちやんは、
「あら、あぶない。」と言ひながら、あわてゝおつかけていきました。すゞちやんはもう少しでたふれるところを、ばたりと、ぽつぽのかごにつかまりました。
「すゞ子ちやん、こんちは、ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と、ぽつぽがおじぎをしながら二人でかう言ひました。するとすゞちやんはかごにつかまつたまゝ、そのまねをして、
「ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と言ひ/\おじぎをしました。あき子叔母ちやんは、それを聞いて、
「おや、今のはすゞちやんでせうか。」と、ふしぎさうな顔をして、ぽつぽに聞きました。ぽつぽはにこ/\笑ひながら、
「えゝ、おしまひのはすゞ子ちやんですよ。まァおじやうずですこと。さあ、もう一ど言つてごらんなさい。ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と、言ひました。すゞちやんはまたまねをして、
「ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と、おじぎをしました。あき子叔母ちやんはびつくりして、
「あら、まあ、ほゝゝ。ちよいと、すゞちやんがぽッぽゥ、ぽッぽゥつて言ひましたよ。」と、思はずおほきな声でお母さまをよびました。すゞちやんはその声にびつくりして、
「わァ。」と泣き出しました。
 これは、すゞちやんが口を利いた一ばんのはじまりです。お父さまやお母さまはそれを聞いておほよろこびをしました。ぽつぽもそれはよろこんで、来る人ごとにその同じお話をしました。
 すゞちやん、あの二人のぽつぽは、こんなときからのぽつぽですよ。
 お母さまは、もう先《せん》のお家《うち》のときに、すゞちやんの生れてから今日までのことで、二人のぽつぽのしらないことは、すつかり話して聞かせました。ぽつぽは、それをみんな、お母さまにいたゞいた小さな赤いお手帳へつけておきました。二人が見てしつてゐることは、もとよりすつかりかきつけてゐます。
 ですから、すゞちやんは、大きくなつて、ごじぶんの小さなときのことがわからないときには、いつでも、ぽつぽのお手帳を見せておもらひなさい。
 にやァ/\や、黒《くろ》が来たのは、ぽつぽにくらべればずつと後のことです。にやァ/\は、すゞちやんが、やつとはひ/\するころに、或をぢちやんがもつて来て下さつたのでした。黒は、たつたこなひだ、お家《うち》の犬になつたばかりで、もとは、そこいらののら犬だつたのです。そのつぎに、一ばんおしまひに、君《きみ》がおもり[#「もり」に傍点]に来たのです。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第五巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1918(大正7)年7月
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年7月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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