た。しかし、すゞちやんは、片手をかためてしやぶりながら、ちがつた方を向いたきり、いくらをしへても、ちつともぽつぽを見ようとはしませんでした。ぽつぽは、
「まあ、まだ/\お小さいんですね。いつになつたら、すゞちやんが、ぽつぽやとおつしやるでせうね。」と、さも、まちどほしさうにかう言ひました。お母さまは、
「ほんとにいつのことでせうね。」と言ひながら、お乳の時間が来たので、すゞ子をおひざにとりました。
「なに、ぢきですよ。今にすゞちやんが一人で、ぽつぽのところへ来るやうになりますよ。」
 ちようどいらしつてゐたお祖母《ばあ》さまは、かうおつしやりながら、お乳をいたゞいてゐるすゞちやんの、黒い髪の毛をおなでになりました。
「あゝ、ぽつぽに、いゝものを上げてよ。」と、お母さまは、ふと思ひ出したやうに、帯の間から、小さな赤いお手帳を出してぽつぽにわたしました。
 お父さまとお母さまとは、いつもすゞちやんが早く大きくなつてくれることばかりまつてゐました。ぽつぽも、そのことばかり言つてまつてゐました。
 その十一月に、ぽつぽは、また、すゞちやんや、みんなと一しよに、ちがつた町の方へ遠く引つこしました。それは、ちか/″\に玉木《たまき》の大叔母《おばあ》ちやんが、はる/″\曾祖母《ばあばあ》をつれて、すゞちやんを見に来て下さるからでした。そして、あき子|叔母《をば》ちやんもお家《うち》の人になるので、すゞちやんの生れたお家《うち》ではせまくてこまるからでした。
 すゞちやんは、とき/″\あき子叔母ちやんのおひざにだかれて、ぽつぽのかごのところへいきました。ぽつぽはこちらのお家《うち》でもまたガラス戸の中へおかれてゐました。すゞちやんは、ぽつぽのかごのわきに立つちをさせてもらふと、ちようどお口がふちのところへ来ました。すると、すゞちやんはいつの間にか、ちゆッ/\と、ふちをしやぶつてゐました。それから、お手《てて》にもつてゐるがら/\をふりました。
「まァ、すゞ子ちやんは、先《せん》から見ると、ずゐぶんおほきくおなりになりましたね。」
 ぽつぽはかう言つて、叔母ちやんとお話をしました。
 それからまた寒い冬が来ました。その冬があけると、すゞちやんはそろ/\はひ/\をし出しました。それからまた青い八月がまはつて来ました。すゞちやんは、歩いてはたふれ、歩いてはたふれして、よち/\ともう十足
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