いおだいどころで、そこからはお部屋はちようど二階のやうになつて、つき出てゐました。
 そのお部屋のぢき目のまへは砂地でした。そして、そのすぐさきが海でした。ぽつぽはガラス戸の中から、どんよりした青黒い海を、びつくりして見てゐました。まつ正面の、ずつと向《むか》うの方には、小さな赤い浮標《うき》がかすかに見えてゐました。
 その向うを、黄色いマストをした、黒い蒸汽船が、長い烟《けむり》をはいて、横向きにとほつていきました。二人のぽつぽは、
「おや/\、あんな大きな船が来た。おゝ早い/\。ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」とおほさわぎをしました。
 お母さまはこのお部屋へおこたをこしらへて、小さなすゞちやんが生まれてくるのをまつてゐました。そして千代と二人ですゞちやんの赤いおべゝをぬひました。
 暗い冬はそれからまだながくつゞきました。昼のうちは、おもてのじく/\した往来を、お馬や荷車やいろ/\の人がとほりました。それから、お向ひのうどんやで、機械をまはすのが、ごと/\ごと/\と聞えました。
 しかし夜になると、あたりはすつかり穴の中のやうにひつそりとなつて、たゞ、海がぴた/\と鳴るよりほかには、何の音も聞えませんでした。
 暗い海の中には、星のやうなあかりがたつた一つ、ちかり/\と消えたりとぼつたりしました。それは、昼に赤く見えてゐた、あの浮標《うき》の上にとぼるあかりでした。
 ぽつぽは、そんな晩には、さびしさうに、夜でも、
「ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」となきながら、
「すゞ子ちやんはまだおうまれにならないのですか。いつでせう、いつでせう。」と聞きました。


    二

 そのうちに、だん/\と五月が来ました。海の空もはれ/″\とまつ青《さを》に光つて来ました。
 お母さまは、ネルの着ものに、青いこうもりをさして、千代《ちよ》をつれて、そこいらへ買ひものにいきなぞしました。
 往来には、もういつの間にか、つばめが、海の向うから来て、すい/\とかけちがつてゐました。電信の針金にもどつさりとまつてゐました。
 お父さまは、すゞちやんはいつ生れるのでせうねと、よく、小石川のお祖母《ばあ》ちやまとも話し/\しました。
 お家《うち》のちかくには、高井《たかゐ》さんのおばあさまといふ、それは/\よいおばあちやまがいらつしやいました。そのおばあちやまが、とき/″\おみやをもつていらしつて、
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