でせう。だんなはうちの門のところに、フエルトの靴をばた/\させながら立つてゐて、女中たちをわらはせてゐるかもしれません。
「どうだい、一つかゞねえか。」
 だんなは、かぎ煙草の箱を女中にわたします。女中はうけとつてかいでみて、とてもうれしがつて、はッはと笑ふのでした。
「くさいだらう。あとで鼻の先をよくふくんだぞ。――おゝお、ひどく、いてつくぢやねえか。みしみし氷りつくやうだ。」
 それから、だんなは、かぎ煙草を犬にもかゞせます。カシュタンカは、鼻をクン/\ならして、にげだします。エールはむやみに尻尾をふつて、かゞせないでくれといふやうにおせじをつかひます。
 夜の空は、ふかく水色にはれて、村全たいがはつきりとうかび上つてゐます。まつ白に雪をかぶつた屋根や、煙をはいてゐる煙突やしもで銀色になつた木立などが、幻燈のやうにすんでみえます。空には、お星さまがおどけたやうにまたゝいてゐます。星の大河も、クリスマスがきたので、雪でみがきをかけたやうに、白くはつきりと光つてゐます。
 ユウコフはためいきをして、またかきつゞけました。
「きのふ、わたしは親方に頭の毛をつかまれて、うらへひきづッていかれて、ぶたれました。あかんぼのかごを、ゆすぶりながら、ゐねむりをしたからです。このまへも、おかみさんが、ニシンをあらへといつたから、しつぽのはうからあらつたら、いきなり顔を、ニシンでつきました。なぜ、ニシンをしつぽからあらつてはいけないのか、わたくしにはわかりません。
 職人は、よくわたしに、キウリをぬすんでこいつて、いひつけます。こなひだも、それを親方にめつかつて、うんとぶたれました。ぶたれるのはがまんできるが、ぶたれたあとは、きまつて、ばつに、なんにもたべさしてくれません。
 まい日たべるものは、朝はパンだけで、おひるはゴッタ煮で、晩はパンだけです。お茶やスープは、親方とおかみさんが、みんなのんでしまつて、わたしにはくれません。
 夜はお店でねます。でも、あかんぼと一しよにねかされるのだから、あかんぼがなくとねむれません。なきやむまでゆすぶつてゐなければ、ぶたれます。
 マカリッチのだんなさま、おねがひだから、わたしをまた村へつれてつてください。ほんとにおねがひです。」
 ユウコフは、口をゆがめながら、きたない袖口で目をこすり/\、泣きはじめました。
「だんなさま、わたしは、まい日
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