会堂へ行つて、祈祷書《きたうしよ》をよみ、合唱に加はつて讃美歌をうたひました。すつかり年をとつても、むかし謡《うた》をうたひなれてゐたので、声だけはきれいでした。
監獄の役人たちは、温順なイワンをあはれがつてゐました。一しよにはいつてゐる囚人の全部はイワンを尊敬して、みんなで「おぢいさま」とよび「聖徒」とよんでゐました。みんなは役人にたいして何か願ひ出たいことがあると、きまつてイワンから言つてもらひ、おたがひの間にあらそひがおきると、すぐにイワンのところへ来て、とりさばいてもらひました。
イワンの家《うち》からは二十六年の間、何のたよりも来ません。イワンにはじぶんの家内や子どもたちの生死さへもわかりませんでした。
三
ところが、或《ある》日、また一団の囚人がロシアからおくられて来ました。夕方になりますと、ふるい囚人たちは、それらの新来のものたちのぐるりにあつまつて、一々、おまいはどこの町、どこの村のものか、どうして処刑をうけたのかと聞きました。イワンもそれらの人々のそばにすわつて、くびをうなだれたまゝ、話を聞いてゐました。
新来の一人に、六十になるといふ、白ひげを
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