すんだんだ。といふと、こゝへはじめて来たやうだが、何、前にも一ど来たことがあるよ。そのときには、永くゐないでかへれたのさ。」
「おまいはどこから来たんだい?」と或《ある》一人が聞きました。
「おれかい? おれはウラディミイルのものだ。おれんとこのかゝあも、やはりあの町の生れだ。おれはマカールといふ名まへなんだが、世間ぢやセミョニッチとも言つてゐた。」と、ぢいさんは答へました。
 イワンはウラディミイルと聞くと、うなだれてゐた頭を上げて、
「ではおまいさんは、あの町のイワンといふ商人のことをしつてゐますか。あの一家のものはまだ生きてゐますかしら。」と、それとなく、じぶんの家内や子どもの安否を聞きさぐらうとしました。
「あゝ、イワンの家か。しつてるとも。あの家《うち》は金もちだ。もつとも、お父《とつ》つあんは、シベリヤへ来てるとかいふがね。やつぱり、おれたち見たいな罪人らしい。ときにおまいはもういゝ年のやうだが、一たい何をしてこんなところへ送られたんだ。」
 しかしイワンは、じぶんのいたましい不幸をうちあけて話す元気もありませんでした。イワンは聞かれてもたゞため息をして、
「わしは悪いこと
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