で戸口にすわつて、ギターをとり出してならしてゐました。すると、そこへ、三頭だての馬車が、リン/\と鈴を鳴らしながらとぶやうにかけて来て、ぴたりとイワンの目の前にとまりました。すると中から一人の巡査が兵たいを二人つれて下りて来て、いきなりイワンに向つて、おまいの名前は何といふか、どこから来たかと聞きます。イワンは、これ/\かう/\ですと答へて、
「今お茶が来ます。一しよにお飲み下さい。」と言ひますと、巡査は、そんなことには耳をもかさないで、おまいはゆうべどこへ泊つた、一人で泊つたか、それとも、だれかつれのものと一しよだつたか、今朝そのつれのものゝ顔を見たか、一たいどうして夜のあけないうちに立つて来たのだと、うるさく聞きしらべます。イワンは、何だつてそんなことを一々聞きほじるのだらうと、ふしんに思ひながら、すべてをありのまゝに話しました。
「何だか私《わたし》が盗坊《どろばう》かおひはぎでもしたやうですね。私はじぶんの商用で出かけて来てゐるのです。そんなにくど/\おしらべになる必要はありません。」と、イワンはぷり/\してかう言ひました。
「ちよつとおまいの荷物を検査する。おい君たち、こつちへ来て下さい。」と、巡査は二人の兵たいをよんで、イワンの荷物をときはじめました。巡査は、イワンの持ものを一々さがしてゐるうちにふと、手さげ袋の中からナイフをとり出して、
「おい、このナイフはだれのものだ。」と、イワンに向つてどなりました。イワンは首をかしげながらそれを見ますと、刃にべつとり血がついてゐます。
「どうしてこのナイフに血がついてゐるのだ。」と巡査はたゝみかけてどなりました。イワンはびつくりしたあまり、返答をしようと思つても急には言葉が出ず、
「し、しりません。」と、どもりながら答へました。
「今朝見ると、おまいのつれの商人はのどを切られて死んでゐた。おまいがその犯人だらう。あの建物は中から錠がかゝつてゐた。そして、おまいと二人きりしかゐなかつたのぢやないか。そのあげくにおまいの袋の中から血のついたこのナイフが出た。おまいのその顔、そのきよ動だけ見ても事実はたしかだ。言へ。どういふふうにして殺したのか、いくら金を盗みとつたか、きつぱりと言へ。」
 イワンは、それは私《わたし》のしたことではありません、私はゆうべ一しよに茶を飲んでからあとは、ずつとあの人の顔を見なかつたのです、
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