ました。
 イワンは、いら/\するほどかなしく苦しくて、いつそのこと、もう、ひと思ひに自殺してしまはうかとまで思ひつめました。
「あゝ、これもみんなあの悪いやつのおかげだ。」とイワンは心の中で言ひました。イワンはさう思ふと、もえ上るやうに腹立たしくなつて来ました。
「あいつを殺してやらうか。さかさに、こつちが殺されたつてかまはない、どうかして、ふくしうしてやらなければ虫がをさまらない。」
 イワンは、かう思ひつゞけた後、とう/\夜があけるまで祈りつゞけにお祈りを上げました。しかしそれでも胸一ぱいのくやしみは取れませんでした。
 昼の間は、イワンはわざとマカールのそばへは近づかず、マカールの方を見ることさへしませんでした。
 こんなにして二週間といふものが過ぎました。イワンはその間、夜もちつとも眠れないし、のちには身のおき方もないくらゐにもだえなやみました。
 或《ある》晩、イワンは牢屋《らうや》の中をぐる/\歩いてゐました。囚人たちは、みんな、壁ぎはにつけてある棚《たな》の上に一人づゝ寝るのですが、ふと見ると、さういふ或一つのたなの下から、土のかたまりがころころところがり出ました。へんだなと思つて立ちどまつて見ると、れいのマカールが、そのたなの下からはひ出して来ました。イワンは、マカールだと知ると、見ないふりをしてとほりすぎようとしました。ところが、マカールは、いきなりイワンの手をつかんで、
「おい、おれは、この壁の下へ穴をほつてるんだよ。毎晩、長靴《ながぐつ》へ一ぱいづゝ土を入れて、昼間みんなが仕事に出たすきまに、外の往来へあけるんだ。おい、おぢいさん、だまつてゝくれ。穴さへあければおまいもにげられるんだから。おまいがしやべつてしまへばおれはなぐり殺されてしまふんだ。だが、さうなれや、そのまへに先《ま》づ第一ばんにおまいをころしてやるから、そのつもりでゐろ。」とおどかしました。イワンは、怒りにふるへながら、マカールの顔を見ました。
「わしはにげ出す気はないよ。また、おまいもおれを殺す必要はない。おまいはもう、とくのむかしにわしを殺してしまつたぢやないか。わしがその穴のことをしやべるか、しやべらないか、それは神さまのおさしづ一つだ。」
 イワンはかう言つて、マカールの手をふりはなしてにげました。
 そのあくる日、囚人たちが仕事につれ出されるときに、つき番の兵隊たちは
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