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つひに一度、ものを考へた事もないのが、此國のあて人の娘であつた。磨かれぬ智慧を抱いたまゝ、何も知らず思はずに、過ぎて行つた幾百年、幾萬の貴い女性《ニヨシヤウ》の間に、蓮《ハチス》の花がぽつちりと、莟を擡《モタ》げたやうに、物を考へることを知り初《ソ》めた郎女であつた。
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をれよ。鶯よ。あな姦《カマ》や。人に、物思ひをつけくさる。
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荒々しい聲と一しよに、立つて、表戸と直角《カネ》になつた草壁の蔀戸《シトミド》をつきあげたのは、當麻語部《タギマノカタリ》の媼《オムナ》である。北側に當るらしい其外側は、※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]を壓するばかり、篠竹が繁つて居た。澤山の葉筋《ハスヂ》が、日をすかして一時にきら/\と、光つて見えた。
郎女は、暫らく幾本とも知れぬその光りの筋の、閃き過ぎた色を、※[#「目+框のつくり」、第3水準1−88−81]《マブタ》の裏に、見つめて居た。をとゝひの日の入り方、山の端に見た輝きが、思はずには居られなかつたからである。
また一時《イツトキ》、盧堂《イホリドウ》を※[#「廴+囘」
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