今にも事あれかしと謂つた顏で、立派な甲《ヨロヒ》をつけて、のつし/\と長い物を杖《ツ》いて歩かれたお姿が、あれを見てゐて、ちらつくやうだなど、と相槌をうつ者も出て來た。其では、廣目天の方はと言ふと、
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さあ、其がの――。
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と誰に言はせても、ちよつと言ひ澁るやうに、困つた顏をして見せる。
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實は、ほんの人の噂だがの。噂だから、保證は出來ぬがの。義淵僧正の弟子の道鏡法師に、似てるぞなと言ふがや。……けど、他人《ヒト》に言はせると、――あれはもう、二十幾年にもなるかいや――筑紫で伐たれなされた前太宰少貳《ゼンダザイノセウニ》―藤原廣嗣―の殿《トノ》に生寫《シヤウウツ》しぢや、とも言ふがいよ。
わしにも、どちらとも言へんがの。どうでも、見たことのあるお人に似て居さつしやるには、似てゐさつしやるげな……。
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何しろ、此二つの天部《テンブ》が、互に敵視するやうな目つきで、睨みあつて居る。噂を氣にした住侶たちが、色々に置き替へて見たが、どの隅からでも、互に相手の姿を、眦《マナジリ》を裂いて見つめて居る。とう
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