ました。小高い柴の一むらある中から、御樣子を窺うて歸らうとなされました。其時ちらりと、かのお人の、最期に近いお目に止りました。其ひと目が、此世に殘る執心となつたのでおざりまする。
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もゝつたふ 磐余《イハレ》の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや、雲隱りなむ
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この思ひがけない心殘りを、お詠みになつた歌よ、と私ども當麻《タギマ》の語部《カタリベ》の物語りには、傳へて居ります。
その耳面刀自と申すは、淡海公の妹君、郎女の祖父《オホヂ》君|南家《ナンケ》太政《ダイジヤウ》大臣には、叔母君にお當りになつてゞおざりまする。
人間の執心《シフシン》と言ふものは、怖《コハ》いものとはお思ひなされぬかえ。
其亡き骸は、大和の國を守らせよ、と言ふ御諚で、此山の上、河内から來る當麻路《タギマヂ》の脇にお埋《イ》けになりました。其が何《ナン》と、此世の惡心も何もかも、忘れ果てゝ清々《スガヽヽ》しい心になりながら、唯そればかりの一念が、殘つて居ると、申します。藤原四流の中で、一番美しい郎女が、今におき、耳面刀自と、其|幽界《カクリヨ》の目には、見えるらしいのでおざりまする
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