て來た。家持は、一度はぐらかされた緒口《イトグチ》に、とりついた氣で、
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横佩|墻内《カキツ》の郎女《イラツメ》は、どうなるでせう。社・寺、それとも宮――。どちらへ向いても、神さびた一生。あつたら惜しいものでおありだ。
氣にするな。氣にするな。氣にしたとて、どう出來るものか。此は――もう、人間の手へは、戻らぬかも知れんぞ。
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末は、獨り言になつて居た。さうして、急に考へ深い目を凝した。池へ落した水音は、未《ヒツジ》がさがると、寒々と聞えて來る。
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早く、躑躅の照る時分になつてくれぬかなあ。一年中で、この庭の一番よい時が、待ちどほしいぞ。
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大師藤原[#(ノ)]惠美[#(ノ)]押勝朝臣の聲は、若々しい、純な欲望の外、何の響きもまじへて居なかつた。
十五
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つた つた つた。
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郎女は、一向《ヒタスラ》、あの音の歩み寄つて來る畏しい夜更けを、待つやうになつた。をとゝひよりは昨日、昨日よりは今日といふ風に、其跫音が間遠になつて行き、此頃
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