F 「嘘の效用」(改造社、大正十二年)參照。
 3 C.K. Ogden : Jeremy Bentham[#「Jeremy Bentham」は斜体] 1832−2032, p.39.

 さて、ベンタムの「言語上の虚構」とは要するに、言語には 'table' 'dog' のやうな明かに指し示すことの出來る具體的な物を示すものもあるが、又 'liberty,' 'obligation,' 'civilization' の如く實際的でない、言葉の上に於いてのみ存在する、即ち抽象的な虚體を指すものもある。而して此の後者に屬するものを「言語上の虚構」と言ふのである。オグデン氏はかう言つてゐる、「具體的な物を何等表はしてゐない多くの名詞(例へば、harmony, quality 等)がある。尤も總ての國語では、便宜上具體的な物を表はしてゐるかのやうに扱つてゐる。これ等は假作的な物の名である。これ等の語は、文法の方面では何等特別の問題とはならないが、言語といふものが何を傳へてゐるかを了解せんとするならば、この區別は重要なものとなる。……言語上の虚構の性質は、それを比喩(metaphor)の一種として考へれば、恐らく一層理解し易いであらう。比喩とは普通の意味では、語を類似なものに適用することである。即ち虚構は語の機能を類似なものに及ぼして用ゐることであると大體言つてもよからう。かくして、force of circumstance といふのは物理學者の世界から借用した類似用法であるが、force それ自身は、物理學者がそれを用ゐる際でも、それに相當する物體は宇宙に見出し得ないものである。」*と。

 * C.K. Ogden : Basic English[#「Basic English」は斜体], 6th ed.(1937. Psyche Miniatures), p.45. なほ詳しくは C.K. Ogden : Bentham's Theory of Fictions[#「Bentham's Theory of Fictions」は斜体]. 1932.(International Library of Psychology, Philosophy and Scientific Method)參照。

 我々は言葉の使用に於て、多くの場合に傳統的の慣習によつて、此等二種類の言語の相違を明かに自覺することなく、實體を示す言葉と虚體を示す言葉とを混同して用ゐる。その爲に話手と聞手とが同一の言葉を用ゐて居ても、各々が考へてゐる其の言葉の意味に食ひ違ひが生じたりして、思想交換の圓滑を缺き、我々の思想を混亂せしめる。然るに我々は此等の虚構の言葉を文學的なりとして寧ろ好んで使ふ傾向がある。これは言葉の魔力(magic of words)にかゝつてゐるのである。所謂哲學も其の多くは我々の言語習慣の反影に過ぎないものであり、その論爭も言語の幻影によつて生じたものである、とさへオグデン氏は言つてゐる。それで虚體を示す言葉の意味を分析して、より實體的で要素的な語の集りで、その意味を解明することが必要であり、又さうすることが英語に於いて可能であることに着眼したのが氏の解釋學の重要な部分であり、又同時に Basic English の考案の主なる基礎を成してゐるのである。
[#改ページ]

          ※[#ローマ数字3、1−13−23]. 語彙制限の諸原則

            1. 動詞の排除

 言葉の中で最も虚構的であつて、收縮的な性質を持ち、謂はゞ、速記記號の如きものは動詞である。而して動詞は總ての國語に於いて最も學習に困難で厄介なものである。最も甚だしい例の一つは、 'decimate' で「十人につき一人を殺す」の意味を含んでゐる。これを Basic では 'put to death one man out of every ten' と分析して言ひ換へる。'disembark'(上陸する)は 'get off a ship' と三つの部分に解體して了ふ。同樣に 'ascend'(上る)は 'go up' に、'descend'(下りる)は 'go down' に、'traverse'(横切る)は 'go across' に、'penetrate'(に入り込む)は 'go into' に、'eradicate'(根こぎにする)は 'take up by the roots' に、 'precede'(先だつ)は 'go in front of' に、'disappear'(見えなくなる)は、'go from view' に還元される。このやうに、動詞は元來、動作と物、或は動作と方向を纒めて一つにしたものである。故に Basic に於いては、動詞の中から最も基本的なもの16語(give, get;take, put;come, go;keep, let;make, say, see, send, do, have, be 及び seem)を選び、これを「作用詞」(operators)と稱し、これ等に最も基本的なる20語の「方向詞」(directives)即ち前置詞(或は副詞)about, across, after, against, among, at, before, between, by, down, from, in, off, on, over, through, to, under, up, with を結合して、他の動詞の働きをさせるのである。此の方法によつて、實驗の結果優に4,000個の普通の動詞を排除することが出來るとオグデン氏は言つてゐる。此等16個の「作用詞」は何れも簡單な有形の動作を表はすもので、極めて理解し易い。普通の英語でも此等の動詞を用ゐないでは、英語として成立しないと言つてもよいのである。英語の動詞の中で缺く可らざるものである。此等の基本的動詞は單獨でも盛に用ゐられるが、又極めて變通自在のものであつて、他の語と結合して極めて多くの働きをするものである。
 此の分解的の言ひ方は殆ど英語に於いてのみ可能であると言はれてゐる。これが英語が簡易化といふ目的に最も適する所以である。語尾變化に依る組織は言葉の簡易化を極めて阻碍するものであつて、現代の總てのラテン系統の國語には、その根元たるラテン語の傾向がなほ餘りにも著しくあらはれてゐる。然るに英語はその歴史的發達の示すが如く、次第に綜合的より分析的に進み、遂に近代英語に至つて、殆ど語の活用即ち語尾變化を失つて單純化せられ、前置詞及び助動詞をもつて、これに代へるやうになつたからである。近代英語はこの點で支那語に似てゐると言ひ得るであらう。英語の此の一大特徴を Basic は利用したのである。英語には常に同じ意味を言ひ表はすのに二樣の仕方がある。即ち、ラテン語やフランス語から來た綜合的なものと、英語本來の分析的なものとである。此の後者を活用する Basic が英語として慣用的であると言ひ得るのも此の爲めである。
 次の Basic で書かれた小話*は「作用詞」に伴ふ「方向詞」の働きをよく示してゐる。

 The dog went― 
  after[#「after」は斜体] the rat, 
   by[#「by」は斜体] the drain, 
    across[#「across」は斜体] the street, 
     over[#「over」は斜体] the wall, 
      with[#「with」は斜体] the fly, 
       through[#「through」は斜体] the door, 
        against[#「against」は斜体] the rules, 
         to[#「to」は斜体] the meat.

 The fly got― 
  in[#「in」は斜体] the meat, 
   into[#「into」は斜体] the mouth, 
    down[#「down」は斜体] the throat, 
     among[#「among」は斜体] the muscles.

 The poison got― 
  off[#「off」は斜体] the fly, 
   at[#「at」は斜体] the digestion, 
    about[#「about」は斜体] the system.

 The noise came― 
  from[#「from」は斜体] an instrument, 
   under[#「under」は斜体] the window, 
    up[#「up」は斜体] the steps, 
     through[#「through」は斜体] the hospital; 
      and got 
       on[#「on」は斜体] the nerves, 
        after[#「after」は斜体] the operation, 
         before[#「before」は斜体] death.

 * C.K. Ogden : "Basic English and Grammatical Reform"(Psyche, Vol. VXI, 1936.), pp.55−6.

[#ここから2字下げ]
(犬が鼠を追ひかけ、下水の側を通り、街路を横切り、塀を越え、蠅と共に、戸口から、規則に反して、肉の所へ行つた。蠅が肉に入り、口に入り込み、咽喉を下つて、筋肉の間に入り込んだ。毒が、消化の際、蠅を離れて、身體中に廣まつた。騷音が窓の下の樂器から、階段を上り、病院の中を通つて、手術の後に、死亡の前に、神經に障つた。)
[#ここで字下げ終わり]

 此等の語の中には方向を表はす語といふよりも寧ろ空間に於ける場所或は位置を表はす語と言つた方が正しいものもある。
 今上記の文を所謂動詞を以つて言ひ換へれば、

 The dog― 
  'pursued' the rat, 
   'passed' the drain, 
    'crossed' the street, 
     and 'climbed' the wall, 
      'bearing' the fly; 
       it 'entered' the door, 
        'broke' the rules, 
         and 'approached' the meat.

 The fly― 
  'invaded' the meat, 
   'penetrated' the mouth, 
    'descended' the throat, 
     and 'infested' the muscles.

 The poison― 
  'left' the fly, 
   'attacked' the digestion, 
    and 'permeated' the system.
 
 併し、時には「方向詞」が所謂動詞に添へて用ゐられることがある。即ち

 The noise― 
  'emanated' from[#「from」は斜体] an instrument, 
   'located' under[#「under」は斜体] the window, 
    'proceeded' up[#「up」は斜体] the steps, 
     and 'diffused' itself through[#「through」は斜体] the hospital, 
      where it 'worked' on[#「on」は斜体] the young man's nerves, 
       'following' as it did, after[#「after」は斜体] his operation.

上記の普通の英語の文中には、各々「作用詞」と「方向詞」とを其
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