いないのである。ミウーソフは堂のまわりにある墓石をぼんやり見回しながら、こういう『聖域』に葬られる権利のために、この墓はさぞ高いものについたことだろう、と言おうとしたが、ふと口をつぐんでしまった。それは罪のない自由主義的な反語が、肚《はら》の中でほとんどもう憤懣《ふんまん》に変わりかけていたからである。
「ちぇっ、それはそうと、ここでは……このわけのわからんところでは、いったい誰に物を尋ねたらいいんだ……それからしてまず決めてかからなきゃならない。時間がぐんぐんたってしまうばかりだから」こう、だしぬけに、ひとりごとかなんぞのように彼はつぶやいた。
このとき突然、一行の傍へ一人いいかげんの年のいった、少々頭の禿《は》げた男が、ゆったりした夏外套を着て、甘ったるい目つきをしながら近寄って来た。彼はちょっと帽子を持ち上げて、甘えた調子でしきりにしゅっしゅっという音を立てながら、誰とはなしに一同に向かって、自分はツーラ県の地主マクシーモフというものだと名乗った。そしてさっそく一行の懸念していることに口を入れた。
「ゾシマ長老は庵室に暮らしておられますよ。修道院から四百歩ばかり離れた庵室に閉じ
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