年の経験を積んだこの武器も、場合によっては両刃の凶器となることがある。それで、なかには、忍従と完全な自己制御におもむかないで、反対に悪魔的な倨傲《きょごう》へ、すなわち自由へではなくて、束縛へ導かれる者がないとも限らないのである。
ゾシマ長老は年齢六十五歳で、生まれは地主階級だったが、ごく若いころ、軍務に服して、コーカサスで尉官を勤めていたこともある。彼がなにかしら一種独特な性格でアリョーシャの心を震駭《しんがい》させたのは、疑いもない事実である。アリョーシャは長老の深い愛顧を受けて、その庵室に住むことを許されていた。ここでちょっと断わっておくが、当時アリョーシャは修道院に住んでいると言っても、まだなんの拘束も受けていなかったので、どこへでも自由に、幾日もぶっ通しに出かけてもかまわなかった。彼が僧服をつけていたのは、修道院の中で他の人ときわだたないように、みずからすすんで、そうしていたのであった。しかし、いうまでもなく、それが彼に気に入ってもいたのである。ことによったら、長老を常に取り巻いている権力と名声とが、彼の若々しい心に強く働きかけたのかもしれない。ゾシマ長老については、多くの
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