わず老いぼれたフョードルの心のうちに、遠い昔に魂の中で萎《な》えしぼんでいたあるものが、不意に眼ざめたかのようであった。『なあ、これ』と彼は、アリョーシャの顔をつくづく眺めながら、言うのであった、『おまえはあいつに生き写しだな、あの憑《つ》かれた女に』彼は自分の亡き妻で、アリョーシャの母をそう呼んでいたのである。その『憑かれた女』の墓は、ついに下男のグリゴリイによって、アリョーシャに教えられた。グリゴリイは彼を町の墓地へつれて行って、そこのずっと奥の隅にある鋳鉄製の、あまり金はかかっていないが、小ぢんまりした墓じるしを指さした。その上には故人の名まえ、身分、年齢、死亡の年などといっしょに碑銘があって、下の方には、一般に中産階級の人の墓に使われる古風な、四行詩のようなものまで刻んであった。驚いたことに、この墓じるしはグリゴリイの仕業《しわざ》であった。これは彼が自腹を切って、気の毒な『憑かれた女』の奥津城《おくつき》の上に建てたものである。それに先立って彼は幾度となく、この墓のことをほのめかして、フョードル・パーヴロヴィッチをうるさがらせたものであるが、結局フョードルは、ただにこの墓のこ
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