機嫌を取って人に好かれようとする術策や技巧や、自分を可愛《かわい》がらせようとする手腕などといったものを期待することは、絶対にできないことである。したがって、おのれに対する特別な愛情を人の心に呼びさます能力は、なんら技巧を弄《ろう》することなく、端的に自然から賦与された本性だったわけである。学校においてもやはり同じことであった。もっとも、彼は仲間から疑いや、時として嘲笑や、あるいはことによると、憎悪さえも受けそうな子供に見えたかもしれない。たとえば、彼はよく物思いに沈んで、人を避けるようなことがあった。ごく幼少のころから彼は隅のほうに引っこんで、読書にふけることを好んだ。それにもかかわらず、彼は学校にいる間じゅう、全くみんなの寵児《ちょうじ》といってもいいほど、仲間から可愛がられた。彼はめったにふざけたり、はしゃいだりはしなかったが、しかし、誰でも一目彼を見ると、それはけっして気むずかしさのためではなく、反対に、落ち着いていてさっぱりした性質のためである、ということをすぐに悟るのであった。同じ年ごろの子供に伍しても、彼はけっして頭角を現わそうなどとは考えたことはなかった。そのせいであろ
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