それはどういうわけでしょうか? ひとつ伺いたいものでございます」とミウーソフは激しい好奇心にかられながら、こう尋ねた。
「それはこういうわけですじゃ」と長老は説き始めた。「すべてこの笞刑《ちけい》の後で流刑に処するというやり方は、けっして人を匡正《きょうせい》することはできませんじゃ。何より困ったことには、ほとんどいかなる罪人にも恐怖の念を起こさせず、けっして犯罪の数を減少させることがないどころか、それは年を追うてますます増加する一方なのじゃ。これはあなたも御同意のはずですじゃ。で、つまり、このような方法では社会は少しも保護せられぬということになる。すなわち有害な人間が機械的に切り放されて、目も届かぬ遠方へ追放されるとしても、すぐそれにとって代わって別の犯罪者が一人、ないしは二人現われるからじゃ。もし現代において社会を保護するばかりか、罪人を匡正して別人に更生させるものが何かあるとすれば、それはやはり、自己の良心に含まれているキリストの掟《おきて》にほかならぬ。ただキリストの社会、すなわち教会の子として自己の罪を自覚した時、はじめて犯人は社会、すなわち教会に対して、自己の罪を悟ることが
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