しは嫁にいってつらいつらい思いをいたしました。配偶《つれあい》が年寄りで、ひどくわたくしをぶち打擲《ちょうちゃく》いたしましたのでございます。それが病気で寝つきましたとき、わたくしはその顔をつくづくと見ながら思いました、もしこの人が快《よ》くなって起きるようになったらどうしようか? と、そのとき、あの恐ろしい考えが、ふとわたくしの心に浮かんだのでございます!」
「お待ち!」そう言って長老は、耳を女の口の間近へ持って行った。女は低いささやき声で先を続けたので、ほとんど何一つ聞き取ることができなかった。間もなく女は話し終わった。
「三年になるのじゃな?」
「三年目でございます。初めのうちはなんとも思いませなんだが、このごろは、ぶらぶら病《やまい》にかかるほど、気がふさいでまいりました」
「遠方かな?」
「ここから五百|露里《エルスター》でございます」
「懺悔《ざんげ》のとき、話したのじゃな?」
「話しましてございます。二度も懺悔をいたしました」
「聖餐はいただいたかな?」
「いただきました。恐ろしゅうございます。死ぬのが恐ろしゅうございます」
「何も恐れることはない、けっして恐れることはな
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