、掻《か》きむしることによって、ようやく悲しみを紛らすばかりである。こうした悲しみは慰謝を望まないで、あきらめきれぬ苦悩を餌食にするものである。愚痴とは、ひたぶるに傷口を食い裂いていたいという要求にほかならない。
「町家の御仁じゃろうな?」と、好奇の目で女を見つめながら、長老は語をついだ。
「町の者でございます、神父様、町の者でございます。農家の生まれではございますが、今は町方の者でございます。町に住まっておりますんで。おまえ様に一目お目にかかりに参じました。お噂を聞きましたのでなあ。小さい男の子の葬いをしておいて巡礼に出たのでございます。三ところのお寺へお参りしましたところ、わたくしに、『ナスターチャ、こちらへ――つまりおまえ様のことでございますよ、――こちらへ行ってみろ』って教えてくれましたので、こちらへやって参じまして、昨日は宿屋に泊まりましたが、今日はこうしておまえ様のところへ参じましたんで」
「何を泣いておいでじゃな?」
「倅《せがれ》が可哀そうなのでございます、神父様、三つになる子供でございました、まる三つにたった三月足りないだけでございました。倅のことを思って苦しんでおる
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