ゥ体が『神に通じ』またそれが神であるところの道、といったようないろんな数限りないことを信ずる。どうもこのことについては、いろんなことばがしこたまこしらえてあるね。ともかくも、僕はいい傾向に向かってるようだろ――ね? ところが、いいかね、僕は結局この神の世界を承認しないのだよ。この世界が存在するということは知っているけれど、それでいて断じてそれを認容することができないのだ。何も僕は神を承認しないと言ってるわけじゃないよ、いいかい。僕は神の創った世界、神の世界を承認しないんだ、どうしても承認するわけにはいかないんだ。ちょっと断っておくが、僕はまるで赤ん坊のように、こういうことを信じてるんだよ――いつかはこの苦しみも癒《い》えて跡形もなくなり、人間的予盾のいまいましい喜劇も、哀れな蜃気楼《しんきろう》として、弱々しく、まるで原子のように微細な人間のユウクリッド的知能のいとうべき造りごととして消え失せ、ついには世界の終局において、永久的調和の刹那《せつな》において、なんともたとえようのない高貴な現象があらわれて、それがすべての人々の胸に満ちわたり、すべての人々の憤懣《ふんまん》を柔らげ、すべての人の悪行や、彼らによって、流された血を贖《あがな》って、人間界に引き起こしたいっさいのことを単に許すばかりでなく、進んでそれを弁護するというんだ――まあ、すべてがそのとおりになるとしてもだね、それでも僕はこれを許容することができないんだ、いや許容しようとは思わないんだ! たとい平行線が一致して、それを自分の眼で見たとしても、自分で見て、『一致した』と言ったとしても、やはり許容しないよ。これが僕の本質なのさ、アリョーシャ、これが僕のテーゼなんだ。これだけはもう大まじめでおまえに打ち明けたんだよ。僕はこのおまえとの話を、わざとこのうえもないばかげた風に始めたけれど、とどのつまり告白というところまで漕ぎつけてしまったよ、だっておまえに必要なのはただそれだけなんだからな、おまえにとっては神様のことなんかどうだっていい、ただおまえの愛する兄貴が何によって生きているかということだけ知ればいいんだからね」
イワンは不意に思いもかけないある特別の情をこめて、この長口舌を終わった。
「どうして兄さんは『このうえもなくばかげた風に』なんか始めたんです?」と、アリョーシャは物思わしげに兄を見つめながら尋ねた。
「まず第一にだ、ロシア式に則《のっと》るためなのさ。こうした問題に対するロシア人の会話というものは必ず、このうえもなくばかげた風に運ばれるからな。第二には、やはりばかげているほど、事実に接近することになるからだ。愚鈍というやつは簡単でずるくはないが、知はどうもごまかしたり、隠れたりしたがる。賢明は卑劣漢だが、愚鈍はむきで正直者だ。僕は自暴自棄というところまで事を運んでしまったから、ばかばかしく見せれば見せるだけ、僕にとってはいよいよ都合がよくなってくるんだ」
「兄さんは何のために『世界を許容しない』のか、そのわけを話してくださるでしょうね?」とアリョーシャが言った。
「それはね、むろん説明するよ、何も秘密じゃないし、そのために話をここまで漕ぎつけたんだから。なあ、アリョーシャ、僕は何もおまえを堕落させて、その足場から引きおろそうとはけっして思わないよ、それどころか、もしかしたらおまえに治療してもらうつもりかもしれないんだよ」と不意にイワンは、まるで小さなおとなしい子供のようにほほえんだ。アリョーシャは今までに、一度として彼がこんな笑い方をするのを見たことがなかった。
四 謀叛《むほん》
「僕は一つおまえに白状しなければならないんだよ」とイワンは話しだした、「いったい、どうして自分の隣人を愛することができるのやら、僕にはどうにも合点がいかないんだ。僕の考えでは隣人であればこそ愛することができないところを、遠きものなら愛し得ると思うんだがな。僕はいつか何か物の本で、『恵み深きヨアン』(ある一人の聖者なのさ)の伝記を読んだことがあるんだ。なんでも一人の旅人が飢え凍《こご》えてやって来て、暖めてくれと頼んだものだから、この聖者は旅人を自分の寝床へ入れて抱きしめながら、何か恐ろしい病気で腐れかかって、なんともいえぬいやな臭いのする口へ、息を吹きかけてやったというのだ。でも、聖者がそんなことをしたというのは痩せ我慢からだよ、偽りの感激のためだよ、義務観念に強制された愛からだよ、自分で自分に課した苦行のためだよ。誰かある一人の人間を愛するためには、その相手に身を隠していてもらわなくちゃだめだ。ちょっとでも顔をのぞけられたら、愛もそれきりおじゃんになってしまうのさ」
「このことはゾシマ長老がよく話しておられましたよ」とアリョーシャが口を入れた、「長老様もやっぱり、
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