んて……ねえ、アリョーシャ、よござんすか、わたしは結婚したらさっそく、あなただって、こっそり監督してあげることよ。そればかりか、あなたの手紙をみんな開封して、すっかり読んでしまうわよ……前もって御承知を願っておくわね……」
「もちろん、そうしたいのならしても結構……」とアリョーシャはつぶやくように言った。「だが、いいことじゃありませんね……」
「まあ、なんという見下げようでしょう! アリョーシャ、後生だから、のっけから喧嘩なんかするのよしましょう、――わたしいっそ本当のことを言っちまうわ、もちろん、立ち聞きするなんてよくないことだわ、もちろん、わたしのが間違っていて、あなたのおっしゃることが本当よ。だけど、わたしやっぱり立ち聞きしますわ」
「じゃあ、なさいとも。だが、僕には何もそんな後ろ暗いことがありませんからね」とアリョーシャは笑いだした。
「アリョーシャ、あなたはわたしに従うつもりなの? そんなことも前にちゃんと決めておかなくちゃならないわ」
「僕は、喜んでそうしますよ。だけど、根本の問題は別ですよ。根本の問題については、もしあなたが僕に一致しなくっても、僕は義務の命ずるとおりに行なうから」
「それはそうなくちゃならないわ。ところでね、わたしはその反対の根本の問題についても、あなたに服従するのはもちろんだし、万事につけてあなたに譲歩するつもりでいますわ。このことは、今あなたに誓ってもいいわ――ええ、万事につけて、一生涯」とリーズは熱情をこめて叫んだ。
「わたしそれを幸福に思うわ、幸福に思うわ! そればかりでなく、わたし誓って言うわ、けっしてあなたの話を立ち聞きなんかしません、一度だってそんなことをしませんわ。あなたの手紙も一通だって読みゃしません。だって、あなたがどこまでも正しくていらっしゃるのに、わたしはそうでないんですもの。もっとも、わたしはひどく立ち聞きしたくてたまらないんですが(それはわたしにもわかっています)、でもやはりしませんわ。だって、それが卑しいことだってあなたはおっしゃるんでしょう。今、あなたはいわばわたしの神様みたいな人よ。……ところで、アレクセイさん、いったい、あなたはどうしてこの二、三日――昨日も今日も浮かない顔をしてらっしゃるの。いろんな心配があなたにおありになることは知ってますけれど、そのほかに何か特別な悲しみがあるようにも見えてよ――ことによったら、秘密な悲しみかもしれないわ、ね?」
「そうです、リーズさん、秘密な悲しみです」アリョーシャは沈んだ調子で言った。「それに気がつかれたところを見ると、あなたはやはり僕を愛していてくださるんですね」
「いったいどんな悲しみなの? 何か心配してるの? 話してもよくって?」とリーズは物おじるような哀願の調子でこう言った。
「それはあとで言います、リーズさん、あとで、……」とアリョーシャは困った。「それはまだ今は、はっきりしてないんです。僕自身もうまく話せないような気がするのです」
「わたしわかったわ、きっと、まだそのほかに、兄さんや、お父さんがあなたを苦しめなさるんでしょう?」
「ええ、兄さんたちもね」とアリョーシャは憂わしそうにこう言った。
「わたしあなたの兄さんのイワン・フョードロヴィッチが嫌いなの」と不意にリーズは言った。
 アリョーシャは少し驚いた様子でこのことばに注意した。けれど、なんの意味だかはわからなかったのである。
「兄さんたちは自分で自分を滅ぼしてるんですよ」彼はことばをついだ。「お父さんだってそうなのさ。そうしてほかの人までも、自分といっしょに巻き添えにしてるんです。先だってパイーシイ主教も言われたことなのだが、その中には大地のようなカラマゾフ的な力が動いているのです――それは大地のように凶暴な、生地《きじ》のままの力なんです……この力の上に神の精霊が働いてるかどうか、それさえわからないくらいです。ただ僕もカラマゾフだ、ということだけが、わかっているんです、……僕は坊さんなのかしら、はたして坊さんだろうか? リーズさん、僕は坊さんでしょうかね! あなたは今さき、そう言ったでしょう、僕が坊さんだって?」
「ええ、言ったわ」
「ところがね、僕は神を信じてないかもしれないんですよ」
「信じてないんですって、あなたが? まあ、あなた何をおっしゃるのよ?」リーズは低い声で用心深そうにこう言った。だが、アリョーシャはそれに答えなかった。あまりに思いがけない彼のこのことばには、一種神秘的な、あまりにも主観的なあるものが感じられたのである。これは彼自身にさえはっきりとはわからないけれども、もう前から彼を苦しめているものだということはなんら疑う余地もなかった。
「ところがね、今そのうえに、僕の大切な友だちが行ってしまおうとしているのです。世界の第一人者が
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